トーマス・ヘンゲルブロック指揮NHK交響楽団(12/8)を聴く。 [演奏会いろいろ]
12月8日(土)NHKホール 開演時間 3:00pm
トーマス・ヘンゲルブロック指揮NHK交響楽団
(曲目)
バッハ/組曲 第4番 ニ長調 BWV1069
バッハ(シェーンベルク編)/前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV552「聖アン」
バッハ/マニフィカト ニ長調 BWV243(クリスマス用挿入曲つき)
ソプラノⅠ/アグネス・コバッチ
ソプラノⅡ/ババラ・コゼリ
アルト/フィリッポ・ミネッチア
テノール/ミルコ・ルートヴィヒ、ヤン・ペトリカ
バス/ライハルト・マイヤー、ティロ・ダールマン
合唱:バルタザール・ノイマン合唱団
デュトワがこれなくなった今年の12月のN響定期は本当に超豪華版となった。
先週のヴェデルニコフのグラズノフも待望だったが、
ヘンゲルブロックの登場にはかなりビックリ。
しかもなんとバルタザール=ノイマン合唱団までやってくる。
ヘンゲルブロックは今までヴァイオリン奏者、
そしてNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団とは来日していたが、
何故か手塩にかけたバルタザール=ノイマンとの来日はなかった。
かつてロッティの作品やヴェネツィアの作品、
そしてバッハのロ短調などをバルタザール=ノイマンと録音し、
その名前を日本に広めたヘンゲルブロックとバルタザール=ノイマンが、
こういう形で日本公演を実現するとは思いもよらなかった。
曲目もいかにもヘンゲルブロックらしい凝ったもの。
まさに待望のN響初登場公演となりました。
前半のまずバッハの管弦楽組曲。
コントラバスの位置は通奏低音の位置関係の為かステージ向かって右側にいたが、それ以外は対抗配置のようにみえた。
※後で初日のテレビで確認したら見間違いで対抗ではありませんでした。すみません。
かなりの小編成だけど、これをみていてNHKホールが杮落しをした直後に、カラヤンとBPOがこのホールで、バッハのブランデンブルク協奏曲の第一番を小林道夫氏とカラヤン自身のチェンバロ演奏という豪華版で演奏したことがあったことを思い出した。
そのとき後半はブルックナーの第七交響曲だったが、当時はこういうプロも決して珍しいというほどではなかった。
だがそんな小編成にもかかわらず、この大ホールでもバッハは少なくとも三階席の前方まではしっかりと音が届いていた。それくらいヘンゲルブロックの指揮したN響の音は無駄なくホールに潤沢に鳴り響いていた。
これがかつてのN響だったらこうはいかなかっただろうが、パーヴォ・ヤルヴィが来てからというもの、N響はこういう演奏にもしっかりと対応できる術ができており、じつに安心して聴いていられた。
ヘンゲルブロックのバッハはじつに奔放。緩急強弱ともじつに大きく表情も豊か。弦のアクセントのつけ方や、弱音におけるじっくりと歌い込む所などが随所に聴かれ、とにかく楽興の時というかんじの、楽しくて愉しくてしかたがないというバッハとなった。
たしかにバッハとしては木管の縦の線が揃わないような部分もあったけど、今日のようなヘンゲルブロックのやり方だと問題になるとは思えなかった。
そのためか途中からバッハなのかヘンデルなのかちょっとわからなくなるようなかんじだったけど、とにかく胸のすくような気持ちのいい、そして愉しみまくったバッハでした。
それにしてもヘンゲルブロックとN響メンバーの距離感が近い。これは指揮台や譜面台をヘンゲルブロックが使用しなかったこともあるけど、ヘンゲルブロックの一呼吸一投足に対するN響の反応がじつに俊敏かつ細やかだったことも感心
おそらくこれが愉悦感満点のバッハへと繋がったひとつの大きな要因になったのかも。
続いて、曲は二百年程現代に近づき、シェーンベルクの編曲したバッハ。
ただこの時、前曲からすぐに始めることはできず、舞台上はバロック系の小編成から、四管編成のフルオーケストラへの配置換えや、一曲目では使用されなかった指揮台や譜面台の用意などけっこうな大仕事が行われた。
こうした大仕事が終わった後に演奏されたシェーンベルクによるバッハを、ヘンゲルブロックは色彩的かつ巨大な音楽にもかかわらず、細部をかなりクリアに仕上げていて、明快で見通しのいいこれまた一曲目とはまた違った、なかなか愉しい演奏となっていました。
しかしあらためて聴くと、ときおりバッハというより、なんかディズニーで使われそうな音楽にも聴こえたりして、なかなか一筋縄ではいかない凝ったアレンジということを、今回の演奏で再認識させられました。
ここで休憩。
ここまでのヘンゲルブロックのバッハは、バッハのイメージとしてある「厳か」というイメージよりも、とにかく流動豊かな、それこそ祝典的ともいえるような愉しさを前面に出したような「陽性」ともいえるバッハで、おそらくバッハと聞いて身構えた人たちにとっては、「バッハってこんなに楽しい音楽なのか」とさえ感じられたのではないでしょうか。
そんな流れの中後半へ。
この日は下記の告示や同内容の場内放送がありました。
ここで舞台はまた前半一曲目とほぼ同じとなり、先ほどまでは巨大な木管群のいたあたりに合唱団が入る座席が二列横隊でセットされていた。
そして「モテット」。
冒頭オケが前半と違い厳しめの音を出したのは、宗教音楽ということもあるのだろう。
オケに続いて合唱が続いた。その瞬間、
「これは凄い!」
と、もう一瞬でまいってしまった。
全部でソロ担当を含め三十人程のその声は、驚く程肩の力の抜けた力強さをもち、清澄かつ明晰な響き伴いながら、伸びやかにホール全体に響き浸透していった。
おそらくホールにいたほとんど人がその歌声に驚き感動したのではないだろうか。N響公演史上に残る最高の合唱といっていいかもしれない。
特に弱音での説得力は圧巻で、四千人の聴衆がまるで固唾をのむように、その声に耳を傾けたため、ホール全体が驚く程静寂に包まれたことがすべてを物語っていたといっていいと思う。
尚、この曲でのソロパートは、一部を除きすべて合唱団のメンバーがソロをとるため、自分がソロをとるときは自分の位置から中央側に移動し歌うというスタイルをとっていた。
(一部を除きというのは、カウンターテナーのフィリッポ・ミネッチアなどは確かバルタザール=ノイマンの団員ではなかったのでは?という意味です)
音楽は最後素晴らしいほど輝かしく終了。
ここで一度演奏は終了。聴衆の拍手は特に合唱団、そしてミネッチアをはじめとしたソロの人たちに大きく送られていました。
その後クリスマスオラトリオの曲が演奏。これがあまりにも素晴らしく、正直ちょっと泣きそうになってしまいました。
そして無伴奏のアンコールを一曲。
これがまた心に染みる。もはや言葉もありません。
演奏終了後、無事終了を喜び合う合唱団の姿と、その合唱団が退場していくとき、多くの聴衆がスタンディングで拍手を最後の一人が退場するまで送り続けていたそれがとても印象に残りました。
正直、ここまで心に響く演奏会になるとは思いませんでした。一日目も行けばよかったというのはそれこそ後の祭り。今回は一度でも聴けたことを幸運と考えるべきかも。
またヘンゲルブロックとバルタザール=ノイマンにはぜひ来日してほしいです。できれば今度はロッティあたりで。
超大満足となった自分にとって今年最後の演奏会でした。
〆
(余談)
かつてクライスラーが五千人以上入る大きなホールで演奏したとき、その音がホールのすみずみまで響き渡ったという話を聞いたことがある。今回の四千人入るNHKホールでのバルタザール=ノイマン合唱団のそれを聴いていて、ふとこの話を思い出してしまいました。
これ本当に今年というか今世紀聴いた中でも屈指の演奏会でした。来年にはテレビでも放送されるようなので機会があったらぜひ。
soramoyouさま、はじドラさま、nice! ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2018-12-10 00:33)