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「WUG」新章における「仙台空港跡地」のこと。 [アニメ(2017放送開始)]

『「WUG」新章最新話。絵も酷かったけど「仙台空港跡地」って何?これからこうなるの?基本線がブレてるからこんな設定がてるのかも。というか誰かストーリー的に場違いと言ってほしいし、榴岡公園だっていいと思う。大洗や沼津で「大洗港跡地」「シーパラ跡地」といってるようなもの。理由が聞きたい。』

これは自分が同作品の12話をみてしばらくしてから呟いたものだ。

このとき正直この

「仙台空港跡地」

の意味がわかからなかった。

臨空公園では敷地が狭すぎるので、
これではないという気がしたがじゃあどこ?というかんじだった。

このとき仙台空港の南側に、
ずいぶん広い場所がグーグルで確認できたので、
一瞬これかと思ったけど別に名称もなく、
またもしあるとしたら、

「仙台空港〇〇跡地」みたいに、
かつてここにあったものが「〇」に入って然るべき、
という気が強くした。

つまり「✕✕城三の丸跡」とか、
「✕✕邸詰め所跡」という具合に。

なので「仙台空港跡地」というと、
空港そのものがすでに無くなったように思われてしかたがない。

このためその真意がまったくわからず上記したようなツイートをしたのですが、
どうもその後いろいろと調べたりネットをみてみると、
前述したこの南側の広大なそれか、
それとも最後に12話にテロップで流れていた
「臨空公園」のどちらか、もしくはその両方ではないかということらしい。

sendai.jpg

ああそういことなのかということで、
とにかくこちらも間違っていたということでこの件に関して、
関係者の方々に深く謝罪させていただきす。

本当に申し訳ありませんでした。


ただ


多くの「聖地」を扱うアニメが、
極力名前を明記しない事が通例になっているところで、
あえてしっかりと名前を出したのなら、
それに対する簡単な説明を本篇でしてほしかった。

「えっ、仙台空港って無くなっちゃったの?」
「そうじゃなくて…」

みたいな簡単なそれでOKだと思う。

おそらく上で城や邸宅で出した例と同じ感覚で、
これを受け取り疑問を抱いた人もけっこういたと思う。

地元ではそれで通っているのかもしれないけど、
地図にもネットにもほとんど出てこないそれを、
あそこでバーンと発信してしまうのは、
他所への仙台からの発信という、
けっこう大きなテーマが根底にある「WUG」の場合でのこれは、
このあたりの基本ベースが少しブレたか、
もしくは知らず知らずのうちに希薄になっていたような気がやはりしてしまう。


もっともそれ以上に問題なのは、
自分を含めて本作スタッフに対する不信感が一部に根強いということが、
今回のこれでかなりハッキリとわかってしまったこと。

これがそれまで良好な関係だったら、
この件ももっと穏便に済んでただろうし、
ツイッターがあそこまで悪い意味で賑わうこともなかったと思う。

絵もまた芳しくない状態に戻ったし、
せっかくそこそこストーリーが面白くなってきたのに、
なんかまたこういう部分で?な事が起きてしまうと、
残念というかちょっとやはりあれなものを感じてしまう。


今回は自分も粗忽なのでこれ以上言うのは差し控えさせていただきますが、
いろんな事が今まで以上に表面化したのがとにくか残念。

最終回はとにかく綺麗に〆てほしいです。



追伸

このシーンで「何にもない。」という台詞があり、
最初は重い意味があると解釈してたけど、
見返したらやはりそれは無理な解釈かなあと。

正直この台詞、何にもないなあ。
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「WUG」新章の第一話をみて。 [アニメ(2017放送開始)]

「Wake Up, Girls!新章」がはじまった。
WUG.jpg
http://wakeupgirls3.jp/

本来は歓迎されて然るべきところだけど、
放送前の声優さん達の発言や、
今回はそれまで監督をされていた山本寛監督が降板された事や、
声優さんたちの発言対して激しい物言いをされた事で、
そういう部分のそれは吹っ飛んでしまった。

自分はいわゆるワグナーではないし、
最初の劇場版と一期はみたけど、
その後の前後編の劇場版は未だ見ていない。

なので立ち位置としてはかなり冷めた、
しかもコンプリートしてない状況でのそれなので、
些か公平さや精査性に欠く部分が少なからずでてきますので、
そのあたりは最初にお断りしておきます。

で、この放送前の一連のやりとりを、
自分はツィッターで以下のように呟いている。

------------------------

「WUG」一期はいい作品だったけど、田中さんや他の方の発言には個人的に何の違和感も不快感も無かったし「その気持ちは分かる」とすら感じた。正直それも有りだなというところ。ただ山本監督と声優さん達のベースの部分で信頼関係が成立していない上での発言だったらこれからちょっと大変かなあと。

あと田中さんのいうスタイルの「WUG」を押し進めると、これからはラブライブをはじめとした多くの「キラキラとした作品」と同じ土俵に上がる事になるので、いずれそれらの作品と比較され精査されていく事になると思う。そこのところを自覚し自信をもっての発言ならむしろ応援してみたい思う。

それにそこにはそのベースをつくったのが他ならぬ山本寛監督という部分もありますから。

また例えロコドル要素の強いアクアに触発され、あんなかんじに弾けたいという「焦り」や「羨望」があっての発言でも自分はそこを責める気はないけど、そのために一期をまったくリスペクトせず単純にリセットしたいという意味だったらさすがにそこに複雑なものを感じるなと言う方が無理。

だって一期は出演していた声優さんも監督をはじめとしたスタッフも、一期に関わっている間はそこに自分の人生の一部を全力で注ぎこんでいたわけだから、どちらの立ち位置に自分がいても、そこの部分を無かった事にするという事はさすがにできない。過去に囚われるのとリスペクトするのとは違うと思う。

-------------------------------


というもの。

声優さんたちからみると、
ここまで培ってきたものを、
山本監督がいなくなった状況ということもあり、
まったく新しい可能性に賭けてみたいという、
そういう気持ちになってもそれは無理からぬことだし、
むしろそれくらいの気概が無いと拙いと思う。


ただ言いたいことは分かるけど、
今回はあまりにも言葉が粗いという気がする。

状況的なものも手伝ったのかもしれないけど、
それを受け取った側がどう反応するかということを、
まったく考えていなかったか、
もしくはどう受け取られてもご自由にだったかは分からないが、
少なくとも山本監督と、
ある程度の信頼関係があってのそれではなかったようだ。

それはその後の山本監督のそれが物語っている。

最後はあまりしっくりとしない関係だったのだろうか。


ただとにかくそうは言っても、
もう後戻りできないところまで事は動いているし、
「ラブライブ」や「アイマス」あたりと同じ土俵に上がってしまうという、
そういう状況になりつつあるので、
あとはやるしかないといったところか。

声優さんには声優さんの理由があるだろうし、
自分たちの一度しかない人生もかかっているという部分もあるだろうけど、
山本監督も人生の一部をそこに削り込んでやっていたことだけは、
ちゃんと考えておいた方がいいと思う。

あれだけの事をブログ等で書いたということは、
言い方云々は人によって受け取り方があるかもしれないけど、
いかにいい加減なやっつけ仕事ではなく、
精魂込めて作品に自らのそれを削り込み注ぎ込んでいたかという、
そのあらわれでもあるのですから。

またそこには演じている声優さんの事も思ってのそれも、
当然あった上でないと成り立たない部分もあるので、
分かれとは言いませんが考えるくらいはしてほしいかと。


そんなあまり楽しくない気持ちで新章をみた。


一言でいえば、
見事なくらい能天気で明るく屈託のない、
いい意味でお気楽なつくりの作品だった。

最初の劇場版や一期とはまったく雰囲気もつくりも違う、
そんな作品だった。

自分はこれを見た直後にツィッターで以下のように呟いている。


------------------------------

「WUG」の新章をようやくみた。印象としてはエメリッヒ版「ゴジラ」のWUG版というところか。WUG抜きでみればこれそのものとしては面白いけど、一期を観なくてもいいかというとそうもいかないつくりで、じゃあ一期を観た人に文句なく受け入れられるかというとさあどうだろうか…というところ。

なんというか、より幅広い層を狙ったのはわかるけど、そのためにかつての「売り」を削いた部分があるので、結果として一話だけみると、むしろ狭い層がターゲットになってしまったような感じがする。一期のファンもあまり引っ張れてないし、新しいファンにもやや不親切というかんじ。

意気込みは感じられるけど、二話以降このあたりを綺麗に整理していかないと、下手するとTV版「艦これ」になってしまうかも。あと一期の時ほどじっくりWUG個人が描かれないままスタートしてるのでこれを今後どうするか、そこのところを一期におんぶにだっこさせてしまうと「新章」と言う名前が…。

あとはこれからのそれということで…。

------------------------

文中でWUG個人とは、
もちろん七人個々のそれという意味。

それとエメリッヒ版「ゴジラ」の例え。

これは「ゴジラ」が好きな人なら分かってくれると思う。

「ゴジラとしてさえみなければ作品としては面白い」

と言われた作品だ。


ということで、
第一話は見ていて話としては面白いけど、
それは一期とかをみているおかけで、
それまでの設定や話が分かっているから入れるのであって、
そうでない人にはかなり分からない部分がある。

ようするに世界観がハッキリと説明されていないのだ。


これから見ようという人には、
何が何だかよくわからないまま勢いだけで出発したという感じで
そういう意味では上でも言っているけど不親切極まりない。

一期のリスペクトもしていないけど、
新たにリセットしたという感じもしないのは、
そういう部分もあるからだろう。

一期にそういう部分を頼っているのは、
そのあたりはいろいろと仕方ないかもしれないけど、
逆にそうならざるを得ないくらい一期はよく作り込まれていたことを、
このときあらためて思い知らされたものでした。


とにかく第一話そのものは潔いくらいサバサバしてるけど、
初めてみる人にはいろんな意味で置き去り感満点で、
二話以降ここをどう整理整頓していくのか、
予想したものよりは悪くなかったので
このあたりの中途半場な部分を今後どうするのか。

二話以降お手並み拝見といったところでしょうか。

あと絵がちょっと…。

もっとも絵はこんなものなのかなあ最後まで。



今の所は以上です。




〇余談


考えてみるとWUG一期が放送されていた時は、
「ラブライブ」一期の放送が微妙な余韻を残して終了、
大詰め二期が始まる前の放送という事で、
μ'sとは違う存在感と内容が一期は印象として強く残った。

もちろんその後のμ'sとWUGの人気は、
それこそI-1clubとWUGくらいの差になったが、
ロコドルとしてのWUGはかなりのそれは持っていたように思う。

だがAqoursが似たようなロコドルとしてのベースをもち、
それがμ'sほどではないにせよ、
大きな話題と人気をもったことは、
WUGにとってあまり楽しいものではなかっただろう。

第一話で2015年は「アイドルの祭典」で優勝したけど、
2016年はダメだったというエピソードが語られた時、

「そういえばAqoursは2016年から放送されてたなあ」

と思ってしまったのは自分だけだっただろうか。


μ'sとは住む世界が違ったけど、
Aqoursとは住む世界がベースの部分でかなり似ていただけに、
Aqoursがこっちの世界に乗り込んできたのならということで、
今回の新章がこうなったのも、
そのあたりの事があってのそれなのかなあと、
いろいろと勘繰ったりしてしまった。

たた正直言うとAqoursの道も決して平坦ではない。

こちらはこちらでデビュー以来、
絶対王者μ'sとことあるごとに比較され、
さらには次のグループがすでに発表されるという、
これまた正念場に早くもなっている。

そのへんをすっ飛ばして、
隣の芝生は…みたいなかんじだったらちょっと…。

そんなAqoursとMUGの新シリーズが、
なんの因果か同時期に放送が開始された。

MUGの土俵に上がり善戦はしているものの、
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会に追われる立場になったAqoursと、
山本監督と袂を分かち、
こちらはμ'sの土俵に上がり新装開店で勝負に出たMUG。

若干乱撃戦の様相を呈しているようにもみえる、

「MUGとAqoursの明日はどっちだ!」

などと言ったら怒られるだろうか。


しかしこの二つ。

どちらも前回大会がいまいちの結果だったという
そんなところから話が始まってるのも面白い。

とことん比べられてしまうだろうなあ。この二つ。




自分が最も強く印象づけられている、
一期第9話「 ここで生きる」。

この第9話については自分かつて、

「自分などは311はすでに年に一度しか来ない日であり、かなりそれらのことが記憶や記録となりつつあるのだが、ここでは311はまだ現在進行形であり、朝起きれば311がまだ多くの人の生活の上に、いまだにのしかかっていることを実感させられていることに、あたりまえだが強く思い知らされたものだった。」

と書いている。

そしてWUGが仙台のグループであることにさらに重みを与え、
再認識させられる話だった。


「新章」ではたしてWUGは、
こういう地元とのそういう部分を今後ちゃんと描けていけるだろうか。

「売り」を削ぐというリスクを冒しているだけに、
このあたりを希薄にさせると根無し草になってしまう可能性がある。

そうなったらはたしてWUGはどこへ行ってしまうのだろう。

大きな世界に羽ばたくのはけっこうだけど、
糸の切れた凧にはなってほしくないものです。



地名をいくら作中で連呼しても、
それが作品の本質と結びつかないと正直あまり効果はない。
このあたりも多少意識してほしい。



あと見ていて新顔の中学性トリオの方が印象が強かった。
実際ダンスのシーンも印象は中学トリオの方が強く、
この三人は真っ新なので動かしやすいこともあるだろうけど、
これがWUGにとってどう影響がでてくるのか。

しかも三人ということでコンパクトなことと、
かなり性格もハッキリわかれているので、
初めて見た人にはこの三人の方がとっつきやすいかも。

まさかこの三人を将来一人立ちさせるという、
そんな目的も含んでの登場…というわけではないだろうけど、
結果そうなってもおかしくないくらい、
この三人はいろんな意味でいいかんじに動いていた。

WUGもμ'sの土俵に上がったらいきなり、
Aqours同様後ろから追われる立場になったのだろうか。

上で自分がそこそこ面白く感じたのは、
じつはそこの部分が大きかった。

この三人けっこう面白いかも。



終り
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不公平!いい加減にすぎるNHKの「ベストアニメ100」 [アニメ(2017放送開始)]

視聴者によるWEB投票で「ベスト・アニメ100」「ベスト・アニソン100」を選出するとともに、関連の番組を放送します。
http://www.nhk.or.jp/anime/anime100/

というのがある。


ここで眼を疑うようなものを見てしまった。

それは…
http://www.nhk.or.jp/anime/anime100/article/mybest02.html
でのそれ。

なんと「この世界の片隅に」があげられている。


じつはこの投票、
昨年10月以降のアニメは投票対象から外されていて、
「この世界の片隅に」は投票できないシステムになっていた。

自分はこのことを何度も追加してほしいと懇願したけど、
けっきょくそれは黙殺された形になってしまった。

ふつうなら2016年末まで、
もしくは対象以外の作品が出てきたら、
それを追加して集計するような、
そういう柔軟な対応がベストなはずなのだが、
なぜかここの部分、
とても硬直化した対応をNHKはしていた。


だがそれで通すならまだしも、
一般投票者は口を塞いで
結果氷川さんだけ特別扱いみたいな、
こういう対応はすべきではないと思う。

おそらく氷川さんはこのことを知らなかったと思うけど、
それだけになんともやるせない。

怒るよりも情けなくなってしまった。

まあこちらは、
たかがアニメの少し外側から、
アニメに四半世紀かかわったくらいの一般人なので、
そんな人の意見などどうでもいいかもしれないが、
おそらくこの不公平極まりないやり方には、
自分以外からもかなり不満が出たのではないかと思う。

というより、
これはもう「この世界の」だけの問題ではない、
この時期に公開されたがために対象から外された、
他の作品にとっても酷い話だ。

「ユーリ!!! on ICE」

これもかなり被害を受けた作品かもしれない。

「けものフレンズ」

これだって締め切り前に放送はかなり進んでいたので、
投票対象にしたってバチは当たらないだろう。


せっかくの企画を、
こういう公平性を書いた対応でケチをつけるとは、
本当にもうどうしようもないとしか言いようがない。


5月3日放送の特集番組を愉しみにしていたのに、
ほんとこれでドッチラケになってしまった。

NHKが最近アニメに本腰を入れていると聞いたけど、
こういうことやってちゃあ…ねえ…。


ただあまり騒ぐと氷川さんには何の罪もないから、
そこのところもいろいろとあれですし、
ひょっとしたら氷川さんのそれは、
異議申すという意味も少し込められていたのかもしれませんし…。

ほんと何といいますか…です。


唐突に〆

※5/4に若干修正等入れました。
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「幼女戦記」と悠木碧さんのこと。 [アニメ(2017放送開始)]

「幼女戦記」

yjo.jpg
http://youjo-senki.jp/

タイトルだけみると、
ものすごく危ないアニメみたいに感じたが、
みてみたらとんでもなくシリアスで、
ブラックなファンタジーだった。

いろいろな時代の要素が、
ひとつの時代に混在してはいるものの、
人間はどの時代でもやることは同じという、
そんな部分が見えかくれしている、
とにかくなかなかの作品。

主人公はそんな世界の、
それこそ未来からきたかのように、
これから起こるであろうことを、
ある程度予期しながら、
自らに絶対の自信をもって、
人を駒としながら効率よく楽に生きる事を目標に、
その時代を要領よく泳ごうとするが、
それを時代と神がさせないというのも、
また設定としてユニ―ク。

人を駒として扱う人間が、
じつは少しずつ時代と神の駒となっていくのは、
とにかく皮肉としかいいようがない。

主人公の表情が、
常に皮肉交じりなのは、
そんな部分もあるのだろうか。

とにかくこんなに食えない主人公、
自分こそが最も優秀と自負している主人公が、
果たして今後どうなっていくのか。

とにかくなかなか面白いこれは作品です。


そんな外形は幼女で
中身は日本の能力至上主義的かつ、
出世と楽な生活を追い求めるサラリーマンを演じるのが、
悠木碧さん。


ここ数年とんでもなく演技力があがっているが、
ここでもこの複雑な役を見事に演じている。

悠木さんについては以前、
子役の時から自分の立ち位置を本能的に把握し、
また大人になってからは、
そんな自分を外からコントロールすることが上手いと、
何かで言ったことがあったけど、
その印象は今でも変わらい。


ご本人は沢城みゆきさんに私淑しているというけど、
今回のそれをみていると、
それ以外にも過去のアニメにおける、
他の声優さんのそれも参考にして取り入れている感がある。


特に隊長モードのターニャの喋り口調だけど、
ちょっと小山茉美さんを思わせるところがある。

「ブラックラグーン」でのバラライカを、
ときおり彷彿とさせる節回しが、
少し前の回でいくつか見受けられた。


小山さんの隊長役は、
どちらかという大部隊を率いる将軍というより。
小部隊を率いる隊長にイメージとしてよく合うが、
それがここで何か活かしているような、
そんな感じがときおりした。

悠木さんは声が投げっぱなしにならないというか、
常に全体で大きなフレーズを形成しようとするかのような、
それによって役の統一性を図ろうとしているかのように感じられるが、
それが小山さんのそれを感じさせられている、
ひとつの要因なのかもしれない。


ただ悠木さんの場合、
それらが借り物になってないで、
ちゃんと自分のスタイルとして昇華されているので、
おかしなとってつけみたいなものが皆無。


考えてみれば四歳で芸能界入りしたというので。
芸歴がすでに二十年を超えているが、
これだけ長くこの世界で活躍できているのも、
そういう順応性と吸収力、
そしてそれによる引き出しの多様化と、
その使い方のシンプルなやり方が、
コントロールできているからなのかもしれない。


悠木さんはとにかくいろいろな作品で、
いろいろな俳優さんや声優さんと共演するたびに、
いろいろと自分の引き出しに多くのものを蓄えていくが、
その量が増えれば増えるほど、
ひとつの作品で使うパターンを絞り込みシンプルにしていくという、
そういう傾向が年々強くなっているような気がする。


そのため悠木さんのやる役をみてると、
やっていることは比較的いつも同じようにみえるけど、
だからといってワンパターンに感じないのは、
そういう部分があるからなのかもしれない。


もっとも自分も悠木さんの全作品を追ってるわけではないし、
昔からのファンの方には全然違うものが見えてるかもしれない。


とにかく作品といい悠木さんといい、
ひじょうに丁寧につくられ演じられていると感じる、
この「幼女戦記」。

今期かなりのお気に入りになってます。

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なんか今期のアニメはやたら江ノ電沿線が多い。 [アニメ(2017放送開始)]

とにかく多い。
いや、たしかに以前からそこそこあったけど、
同じ時期に三作品もあると、
さすがにちょっと驚くしかない。

自分が見た範囲でも、

「風夏」
江ノ電02.jpg
藤沢駅

「亜人ちゃんは語りたい」
江ノ電01.jpg
極楽寺駅

「南鎌倉高校女子自転車部」
江ノ電03.jpg
鎌倉駅

と、タイプの違う作品が揃っている。


しかも作ってるところがみんな違う。

正直三社で

「どかこいちばん江ノ電を上手く書けるか」

を競ってるのではないかというくらい、
もうとんでもないことになっている。

極楽寺の駅など複数の作品に何度も出てきて、
さすがにもうこれは笑うしかない。

この沿線の駅では、

「鎌倉高校前」
「稲村ケ崎」
「極楽寺」

が特によく描かれているようだが、
このあたりは最近

「舟を編む」

にもでてきているし、
江ノ電ではないけど、

「ろんぐらいだぁす!」

もこの近くが舞台になっている。


これに「シン・ゴジラ」も入れ、
さらに過去のアニメも入れると、
もう一冊の本ができてしまうだろう。


よくアニメで聖地になるというけど、
これはおそらくその逆で、
有名地を取り込むことで、
作品に馴染みを取り込もうという、
そういうかんじにさえこれはみえてくる。


力関係が逆転しているといってもいいと思う。

もちろん聖地としての影響も、
当然でてくるとは思うけど、
大洗や内浦とはちょっと違うと思う。

しょっちゅう歩いている所が、
こうもアニメ化されていくと、
とにかく前も言ったけど、
なんか不思議な気がしてしまう。


土日、季節によっては混雑で遅延が生じる時期があるけど、
江ノ電沿線って、
やはりかなり魅力的な所なのだろう。


そういえば「風夏」や「ろんぐらいだぁす!」でも、
「海」がみえた瞬間、歓声をあげるシーンがあるけど、
あれを見るたび、
自分が初めて江ノ電や稲村ケ崎越えで海をを見た時の、
あの新鮮な感動を思い起こしてしまう。


大洗や内浦のように、
聖地になった人たちはアニメになった、
自分たちのそれをみて、
いったいどういう感想を持っているのだろう。
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「南鎌倉高校女子自転車部」第二話「鎌倉探索にGo!」をみて。 [アニメ(2017放送開始)]

もうふだんよく歩く所ばかりで、
どういえばいいんだろう。

場所的には「長谷」から「七里ガ浜」あたりがメインで、
「江の島」や「佐助稲荷神社」も出てくる。


ただ正直「佐助稲荷神社」はかなり意外。

じつはそこには行ったことがない。


なんせ他にめぼしいものがないので、
いつか行こう行こうと思いつつズルズルやってるうちに、
今回アニメで先にみてしまったという次第。


なんか便利なんだか情けないんだか。


ただ後はもうほとんどいつもの場所。

101.JPG
ここもちょっと映ってました。


五霊神社付近は、
たしかにかなり道が入り組んでるので、
ちと間違えると確かにえらいことになるかも。

なのでそこから佐助稲荷までどう行ったか、
正直そのあたりはわかりません。

ただ凄いコースを通ったであろうことなんとなくわかります。

というかひょっとして、
あれ大仏ハイキングコースの近くかなあ。

だとすると自転車だととんでもないとこなんですけどあそこ。


まあそれはともかくなかなか個人的には、
見慣れた風景のオンパレードで楽しいです。

しかし何度も言いますけど、
見慣れた風景がアニメになるとなんか不思議です。
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「南鎌倉高校女子自転車部」をみて。 [アニメ(2017放送開始)]

南鎌倉.jpg
http://minakama-anime.jp/

もうなんというか自分がしょっちゅう散歩してるところだ。

「シン・ゴジラ」以来、
ホント自分の見慣れた風景が聖地になっていく。

これもそのひとつ。

第一話は、江ノ電の「極楽寺」駅付近から、
の学校のモデルとなった七里ガ浜高校までが舞台。

B-01.jpg
これは御成通り商店街から江ノ電鎌倉駅方面を見たところ。

江ノ電鎌倉駅
003.JPG

B-10.jpg
「極楽寺トンネル」と極楽洞。
1964年の黒澤明の「天国と地獄」にも映っていた。
極楽寺のすぐそば。

B-09.jpg
B-02.jpg
極楽寺駅。関東の駅百選にも選出されている。
桜の季節はほんとうに素晴らしい。

現地
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B-06.jpg
最近あまりみかけくなってきた赤ポストも、
この沿線ではみかけるしなかなかの人気。

B-08.jpg
江ノ電もふんだんに出てくるけど、最近はこのタイプはあまりみない。

B-03.jpg
稲村ケ崎公園よりも江の島方面に下ったあたりから、
七里ガ浜と江の島や富士山をみる。

現地(アニメの絵はもう少し江の島よりです)
097.JPG


「ろんぐらいだぁす!」の二話でもここを通っている。

B-04.jpg
南鎌倉高校。モデルは七里ガ浜高校。

くれぐれも不法侵入や先生生徒の無断撮影等しないようにご配慮を。

B-05.jpg
その近くの駐車場、
ここは夏になるともう満車状態になるので、
こんなことはこの季節くらいまでだろう。


歩いても三十分もかからないと思う。

因みにシーン最初は私有地や住宅街なので、
こちらも分かっていてもふれません、
ご察し願います。


「ろんぐらいだぁす!」では海から稲村ケ崎越え。
「南鎌倉高校」では極楽寺から七里ガ浜と、
ほとんど同じ場所が違う形で紹介されている。

しかも七里ガ浜高校を江ノ電沿いに、
しばらく腰越方面を歩くと「SLAM DUNK」の聖地。
これに「TARI TARI」や「舟を編む」など、
「鎌倉」~「江の島」を暑かったアニメを一同に会させると、
ちをっとした地図や観光PVができてしまうかも。

鎌倉市と藤沢市と神奈川県で、
一度このあたりつくってみてはいかが?


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