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ムラヴィンスキー来日(1977、1979) [ムラヴィンスキー]

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9月25日:神奈川県民ホール
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

9月27日:東京文化会館
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

9月30日:福岡市民会館
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月4日:広島郵便貯金ホール
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月6日:フェスティバルホール
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

10月8日:フェスティバルホール
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月10日:名古屋市民会館
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月12日:東京文化会館
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月16日:新潟県民会館
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月19日:NHKホール
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番


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5月16日:宮城県民会館
グラズノフ/交響曲第5番
チャイコフスキー/眠れる森の美女、抜粋
チャイコフスキー/フランチェスカ・ダ・リミニ

5月21日:東京文化会館
ベートーヴェン/交響曲第6番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート、森のささやき
ワーグナー/ワルキューレ、ワルキューレの騎行

5月25日:金沢厚生年金会館
グラズノフ/交響曲第5番
チャイコフスキー/眠れる森の美女、抜粋
チャイコフスキー/フランチェスカ・ダ・リミニ

5月28日:フェスティバルホール
ベートーヴェン/交響曲第6番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート、森のささやき
ワーグナー/ワルキューレ、ワルキューレの騎行

6月2日:名古屋市民会館
ベートーヴェン/交響曲第6番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート、森のささやき
ワーグナー/ワルキューレ、ワルキューレの騎行

6月5日:神奈川県民ホール
ベートーヴェン/交響曲第6番
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート、森のささやき
ワーグナー/ワルキューレ、ワルキューレの騎行

6月8日:NHKホール
グラズノフ/交響曲第5番
チャイコフスキー/眠れる森の美女、抜粋
チャイコフスキー/フランチェスカ・ダ・リミニ


1977年公演は、
そのプログラムの質量、さらに公演回数からみて、
ムラヴィンスキーが最も充実していたツアーといっていいのかもしれません。

特に今回は前回かなわなかったオールドイツ音楽プロもあり、
ムラヴィンスキーの魅力前回となったものでした。

ただ面白いのはこの年が、
べートーヴェン没後150年という事もあって、
この年来日した各オーケストラ、

スイトナーとベルリン・シュターツカペレ
ベーム&ドホナーニとウィーンフィル
ハイティンクとコンセルトヘボウ
ショルティとシカゴ
カラヤンとベルリンフィル

この各団体がかならずベートーヴェンの交響曲をプログラムに組み込んでいたのに対し、
ムラヴィンスキーは四度の来日中、
なぜかこの年だけベートーヴェンを指揮しませんでした。

このあたりがいかにもという気はします。

因みにムラヴィンスキーが10月に東京滞在時、
じつは読売日響に客演するため初来日していた、
セルジュ・チェリビダッケも東京にいました。

おそらく両者とも同じ文化会館で演奏や練習をしているため、
ホールに告知掲載されている、
互いの公演のポスターを目にしている可能性があり、
この二人が互いをこのときどう意識していたのか、
今でもとても気になっています。


尚1975年来日時には、
偶然同時期にバイエルン放送響と来日していたクーベリックと再会、
彼のコンサートの成功に祝電を送ったとのことです。


そしてその一年半後の1979年来日公演。

曲目がかなり地味という事と、
バーンスタイン指揮のニューヨークフィルの、
その絶賛された来日公演が終了したばかりということもあり、
最も話題的に地味になったツアーだったと思います。

しかも来日前には、
長年このオケのコンマスを勤めていたリーバーマンが亡命、
そしてさらに拙いことに、
この公演の6月8日公演の直前には、
オケのメンバー二人が亡命してしまうという事態が発生、
これが後々大きく尾を引くこととなってしまいます。

文化会館でムラヴィンスキーが指揮をした時、
客席からたまにムラヴィンスキーの指揮棒がある高さにくると、
その指揮棒の先がキラっと光ったのが今でも印象に残っていますが、
それもこの公演で見納めになってしまいました。

因みに人づてに聞いた話では、
このとき演奏された「ワルキューレ」が、
ある会場で最後物凄い大リタルダンドをかけたため、
とんでもなく巨大な演奏になってしまったらしいのですが、
終演後指揮者がなかなか客席をふり返えらなかったため、
「ひょっとして振り間違え?」
という噂がたったとか。

はたして事の真偽はいかに。
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