ヤルヴィの「レニングラード」に行く。 [演奏会いろいろ]
NHK交響楽団
第1864回 定期公演 Aプログラム
9月17日(日曜日) 15:00 開演
NHKホール
パーヴォ・ヤルヴィ 指揮
(曲目)
ショスタコーヴィチ/交響曲 第7番 ハ長調 作品60
「レニングラード」
パーヴォ・ヤルヴィがN響の当主になるという、
そんなニュースを聞いたのが2012年夏。
その時自分は以下のような事を書いている。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2012-07-11
確かに将来には期待してはいるけど、
正直かなり不安の方が大きかった。
ただその放送を観たり聴いたりしていると、
確実にヤルヴィがN響を手中に収め、
このオケからかつて聴いたことがないほどの統一感と、
無駄のない覇気に富んだ響きを弾ぎだしている事に驚いた。
なのでそろそろ実演をということで、
今回のそれとあいなりました。
台風接近と秋雨前線の活発等で、
オケ的にはベストコンディションではなかったかもしれない中での、
今回のショスタコーヴィチとなりましたが、
ひじょうに見事な演奏だったという気がしました。
オケは大編成の18型、
しかもそれプラス対抗配置ということで、
N響としてはあまりみかけないスタイルによる演奏。
これだけをみると大音量勝負のようにみえるのですが、
第一楽章冒頭の音でその予想は消し飛んでしまいました。
とにかくバランスがよく、
明快かつ柔軟で力強い、
そして明るく繊細な響きも湛えたそれには響きでした。
この後音楽が進むにつれ、
その見通しの良さ、
そして弱音の美しさとその濁りの無い響きが際立っていき、
さらにそこにひじょうにしっかりとした造形感覚とバランスが加わり、
この曲としては驚く程の美しさと端正さをもった、
標題を抜きにしてもしっかりと成立してしまうような、
純粋な「交響曲」として鳴り響いていった。
自分はこの曲はある意味「劇的交響曲」、
もしくは「交響詩」のような交響曲というイメージが強く、
仕掛けの大きなドラマティックな曲だと、
そう思い込んでいたところがある。
だけどこの日のヤルヴィのそれは、
そういう部分よりも、
「革命」という標題を取り去った交響曲第5番のような、
そういうスタイルをこの曲で実行したかのようで、
聴いていて本当に気持ちいいくらいの音楽がそこにはあった。
それは大編成のオケが怒涛のように演奏する所より、
弦の歌や弱音における美しさと清澄なそれの方が、
むしろ強く印象として残ったことにもそれはあらわれていたと思う。
とにかく目から鱗のような演奏だった。
ただだからといって綺麗ごとで終わってしまっているとか、
小さくまとまっているとかというとそういうことはなく、
怒涛のごとく鳴り響く部分も、
過不足なく見事に大きな音楽を形成していた。
例えはあまりよくないけど、
「巨大かつ迫力にも事欠かない室内楽」
を聴いているような感じさえした。
とにかく今までこの曲で経験したことのない、
本当に新鮮で大音量に下手に頼らない、
極めて説得力のある見事な演奏でした。
そして何よりも驚きは、
それを演奏しているのがN響であるということ。
自分のN響のイメージというと確かにひとりひとりは上手いが、
パート別には各々まとまるけど、
楽団全体としてはやや統一性や方向性に欠け、
そのためその音楽の表情が常にぼやけてしまう、
それこそ「顔のみえない」オーケストラという、
そういうものが昔からあった。
だが今回はそういう部分はほとんどなく、
ちゃんと全員がひとつの方向を見、
ひとつのオケとして統一がしっかりとれ、
そしてそこにははっきりとした「顔」がみえていた。
これがヤルヴィの力であることは、
その出来上がった音楽のスタイルからも明白で、
これだけでも今日来た価値があったけど、
それに加えてのあの「凄い」演奏だっただけに、
さすがにこれにはもうまいってしまった。
とにかくこの日はいろんな意味で大満足の演奏会でした。
それとこの日の演奏で、
自分はNHKホールというハンディをまるで感じなかった。
それは大編成のオケを余裕をもって無駄なく鳴らしたという、
そういう部分も大きかっただろうけど、
はたしてそれだけだろうか。
そういえばムラヴィンスキーをNHKホールで聴いたときも、
NHKホールというハンディをまるで感じなかった。
あのときも巨大な響きもさることながら、
清澄かつ美しい弱音のコントロールが素晴らしかった。
かつてラザレフは、
弱音に聴き手の耳を強く引きつけることで、
大きな音を、
より大きく効果的に聴かせることができるという、
そういう意味の事を発言されていた。
今回はそれがムラヴィンスキーレベル、
もしくはそれに近いものが行われていたのかもしれません。
明晰かつバランスのとれた、
それでいて懐の深い大きな音楽。
「凄い」演奏とは音量やパワーのみが決めるものではない。
当たり前のことですが、
ちょっとそんな事も思った演奏会でした。
〆
第1864回 定期公演 Aプログラム
9月17日(日曜日) 15:00 開演
NHKホール
パーヴォ・ヤルヴィ 指揮
(曲目)
ショスタコーヴィチ/交響曲 第7番 ハ長調 作品60
「レニングラード」
パーヴォ・ヤルヴィがN響の当主になるという、
そんなニュースを聞いたのが2012年夏。
その時自分は以下のような事を書いている。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2012-07-11
確かに将来には期待してはいるけど、
正直かなり不安の方が大きかった。
ただその放送を観たり聴いたりしていると、
確実にヤルヴィがN響を手中に収め、
このオケからかつて聴いたことがないほどの統一感と、
無駄のない覇気に富んだ響きを弾ぎだしている事に驚いた。
なのでそろそろ実演をということで、
今回のそれとあいなりました。
台風接近と秋雨前線の活発等で、
オケ的にはベストコンディションではなかったかもしれない中での、
今回のショスタコーヴィチとなりましたが、
ひじょうに見事な演奏だったという気がしました。
オケは大編成の18型、
しかもそれプラス対抗配置ということで、
N響としてはあまりみかけないスタイルによる演奏。
これだけをみると大音量勝負のようにみえるのですが、
第一楽章冒頭の音でその予想は消し飛んでしまいました。
とにかくバランスがよく、
明快かつ柔軟で力強い、
そして明るく繊細な響きも湛えたそれには響きでした。
この後音楽が進むにつれ、
その見通しの良さ、
そして弱音の美しさとその濁りの無い響きが際立っていき、
さらにそこにひじょうにしっかりとした造形感覚とバランスが加わり、
この曲としては驚く程の美しさと端正さをもった、
標題を抜きにしてもしっかりと成立してしまうような、
純粋な「交響曲」として鳴り響いていった。
自分はこの曲はある意味「劇的交響曲」、
もしくは「交響詩」のような交響曲というイメージが強く、
仕掛けの大きなドラマティックな曲だと、
そう思い込んでいたところがある。
だけどこの日のヤルヴィのそれは、
そういう部分よりも、
「革命」という標題を取り去った交響曲第5番のような、
そういうスタイルをこの曲で実行したかのようで、
聴いていて本当に気持ちいいくらいの音楽がそこにはあった。
それは大編成のオケが怒涛のように演奏する所より、
弦の歌や弱音における美しさと清澄なそれの方が、
むしろ強く印象として残ったことにもそれはあらわれていたと思う。
とにかく目から鱗のような演奏だった。
ただだからといって綺麗ごとで終わってしまっているとか、
小さくまとまっているとかというとそういうことはなく、
怒涛のごとく鳴り響く部分も、
過不足なく見事に大きな音楽を形成していた。
例えはあまりよくないけど、
「巨大かつ迫力にも事欠かない室内楽」
を聴いているような感じさえした。
とにかく今までこの曲で経験したことのない、
本当に新鮮で大音量に下手に頼らない、
極めて説得力のある見事な演奏でした。
そして何よりも驚きは、
それを演奏しているのがN響であるということ。
自分のN響のイメージというと確かにひとりひとりは上手いが、
パート別には各々まとまるけど、
楽団全体としてはやや統一性や方向性に欠け、
そのためその音楽の表情が常にぼやけてしまう、
それこそ「顔のみえない」オーケストラという、
そういうものが昔からあった。
だが今回はそういう部分はほとんどなく、
ちゃんと全員がひとつの方向を見、
ひとつのオケとして統一がしっかりとれ、
そしてそこにははっきりとした「顔」がみえていた。
これがヤルヴィの力であることは、
その出来上がった音楽のスタイルからも明白で、
これだけでも今日来た価値があったけど、
それに加えてのあの「凄い」演奏だっただけに、
さすがにこれにはもうまいってしまった。
とにかくこの日はいろんな意味で大満足の演奏会でした。
それとこの日の演奏で、
自分はNHKホールというハンディをまるで感じなかった。
それは大編成のオケを余裕をもって無駄なく鳴らしたという、
そういう部分も大きかっただろうけど、
はたしてそれだけだろうか。
そういえばムラヴィンスキーをNHKホールで聴いたときも、
NHKホールというハンディをまるで感じなかった。
あのときも巨大な響きもさることながら、
清澄かつ美しい弱音のコントロールが素晴らしかった。
かつてラザレフは、
弱音に聴き手の耳を強く引きつけることで、
大きな音を、
より大きく効果的に聴かせることができるという、
そういう意味の事を発言されていた。
今回はそれがムラヴィンスキーレベル、
もしくはそれに近いものが行われていたのかもしれません。
明晰かつバランスのとれた、
それでいて懐の深い大きな音楽。
「凄い」演奏とは音量やパワーのみが決めるものではない。
当たり前のことですが、
ちょっとそんな事も思った演奏会でした。
〆
ほんとうに素晴らしい演奏会でした。スクリャービンも聴きたかったのですが…。
soramoyou 様、nice!ありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2017-09-21 22:17)
ネーメ・ヤルヴィの演奏会に行ったことがありますが、パーヴォ・ヤルヴィの演奏会には行ったことがありません....
by サンフランシスコ人 (2017-09-22 02:15)