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ドヴォルザークの四つの交響曲全集 [クラシック百銘盤]

ドヴォルザークの交響曲ほど、
その人気のばらつきと格差がある人も珍しい。

チェコの名指揮者トゥルノフスキーも、
このあたりのことをかつて指摘していたことがある。

そのせいかドヴォルザークの交響曲を複数録音した、
そのほとんどの人が、
9番「新世界より」と8番、
そして7番といったところのみの録音となっている。

特にチェコ以外の指揮者にそれが顕著で、
セル、オーマンディ、シルヴェストリ、バルビローリ、
そしてジュリーニ、デービスのコンセルトヘボウとの共演等々、
バーンスタインも9番と7番を録音している。

このように6番より前は全集にでもならないかぎり、
録音されるということはなかなかない。

だが1960年代半ばになると、
突然その全集が次々と発売されることとなった。

まずイシュトヴァン・ケルテスがデッカに録音をはじめる。
オケはロンドン交響楽団。

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1961年ウィーンフィルと9番を録音していこともあり、
1963年にその次に人気のある8番から全集録音を開始、
1964年ロンドン響と来日した年に7番、
1965年に5番と6番、
そして1966年に残り四曲と9番の再録音となる。

ところがここでちょっと面白い事がおきる。

同じロンドン響を今度はフィリップスが、
ヴィルド・ロヴィツキの指揮で全集録音を開始した。

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1965年に6番。
1967年に5番
1969年に8番と9番、
1970年に1番、2番、4番、
1971年に3番、7番。

ロンドン響はなんと1965年に、
交響曲第6番を二人の指揮者で録音することになってしまった。

これは一悶着おきたような気がする。

なにしろデッカが全集の録音をはじめた三年目に、
いきなり同じオケを違う指揮者で、
フィリップスが同じ全集の録音を開始するというのだから、
これは穏やかな話ではない。

結果的にフィリップスが譲歩するような形となり、
ケルテスの全集録音終了後に
第二弾の5番を録音するという、
全集企画としてはスローなペースに一時なったが、
1968年にケルテスがロンドンを去ったことで状況が一変、
翌1969年初頭に8番9番という人気曲を立て続けに録音、
その後1971年にかけて一気に残り5曲を録音した。


時同じくドイツ・グラモフォンが、
当時グラモフォンの四人の看板指揮者のひとり、
(ベーム、ヨッフム、カラヤン、クーベリック)
ラファエル・クーベリック指揮、
ベルリンフィルによる録音を開始する。

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こちらも滑り出しに、
1966年に8番を録音する。

これは1964年にカラヤンがベルリンフィルと
「新世界」を録音したことが影響していたのかも。

ただ次が1971年まで開いてしまう。

このことから当初は全集を意図しておらず、
この8番の出来がよすぎた事から、
急遽全集にする事を決めたのか、
それとも何らかの理由で、
一曲のみでストップせざるを得なかったかは分からないが、
どちらにせよベルリンの御大カラヤンにいろいろとお伺いをたて、
続きが1971年からの録音とあいなったような気がする。

ただ決まれば仕事は早い。

1971年に7番、
1972年に2番から6番と9番、
1973年に1番。

因みにベルリンとの「英雄」は1971年に録音されており、
この時期を最後にクーベリックとベルリンフィルの組み合わせによる、、
グラモフォンにおける録音はすべて終了となる。

またカラヤンもこれ以降、
ベルリンとグラモフォンにドヴォルザークは録音せず、
ベルリンフィルとはEMIに、
そしグラモフォンへはウィーンフィルとの録音という事になる。


この動きに黙っていられなくなったのが、
ドヴォルザークの故郷チェコのスプラフォン。

チェコ・フィルハーモニーを当時のトップ、
ヴァーツラフ・ノイマンの指揮で録音を開始。

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1971年に8番、
1972年に5番から7番と9番
1973年に1番から4番と、
約一年三か月で一気に録音を完了、
1973年の9月に全集が日本で発売になり、
その年のレコードアカデミー賞の、
交響曲部門を獲得した。

同年に完了したクーベリックの全集は、
12月に登場したため賞を獲るには遅かったというところか。

因みに翌年の交響曲部門は、
ベーム指揮ウィーンフイルによるブルックナーの4番。


しかしみな8番を早い時期に録音をしている。
1977年から録音を開始した、
スイトナーもやはり8番は早かった。
このあたりはちょっと面白い。


演奏はみなそれぞれの指揮者やオケの特長が出た、
どれも聴き応えのある演奏。

自分はこれらの中で、
ケルテス、クーベリック、ノイマンをよく聴き、
そしてそれがひとつの刷り込みになっていった。
ロヴィツキはそれらよりも聴いたのは少しあと。


ケルテスはとにかく熱い。
どの曲も只事ではないくらい、
血の通いきった思いの丈が詰まった演奏となっている。

ケルテスのドヴォルザークというと、
ウィーンフィルとの新世界ばかり有名だけど、
このロンドン響との全集もじつに素晴らしい。

当時まだ三十代だったケルテスの、
これが初めての交響曲全集。

ロンドン交響楽団とはこの録音の最中、
首席指揮者に就任するという、
最高の蜜月状態を迎えていただけに、
その演奏のモチベーションの高さが半端ではない。

もしこの組み合わせが十年続いたら、
イギリスのそれも、
かなり状況が変わっていたのではないだろうかというくらい、
素晴らしい出来となっている。


余談ですが、
6番はこの演奏で開眼させてもらい大好きな曲となったが、
未だ実演に接していないという体たらく。

情けない限りです。


クーベリックは初期の曲の場合、
ベルリンフィルそのものが持つ大きな器が、
ちと曲に対して小回りが利かないよう所が散見し、
いまひとつ好きになれなかったけど、
3番以降は文句なく見事な演奏となっている。

こちらはケルテスとはまた違った、
やや乾いた響きの中から、
強い意志の塊のような音楽が鳴り響く、
これまた熱い演奏だった。

この全集が日本で発売されてから一年半ほど後、
クーベリックはバイエルン放送と再来日し、
ドヴォルザークの8番を演奏していったが、
これもまた素晴らしく気合の入った演奏だった。

この来日時、
クーベリックは偶然東京にいたムラヴィンスキーと再開、
後日ムラヴィンスキーから公演の成功を祝った祝電が送られてきた。

尚このときの演奏はバイエルン放送に保管されており、
一時CD化の話があったものの、
その後途絶えてしまったのはじつに残念。

現在は会場変更などで当初ゴタゴタがあった、
東京文化会館でのマーラーの9番のみがCD化されている。


ノイマンはこれらに比べるともう少し落ち着いた、
ある意味オケの良さに音楽をまかせた部分が多く、
またそれがかなりいい方に働いているが、
それでも活気溢れる、
見事な音楽の流れを感じさせる名演が揃っている。

それにしてもこの時期のチェコフィルの響きは絶品で、
アンチェル時代後期を支えた名手たちが健在だったこともあり、
管も弦も水が滴るような素晴らしさを誇っている。

この全集の出た翌年の5月に、
ノイマンとチェコフィルも来日したが、
初日のNHKホールでのTVで中継されたそれは、
長旅の疲れとなれない大ホールでの演奏ということで、
あまり本調子とはいえない「新世界」を演奏していたが、
その後しだいに本来の調子を取り戻し、
最後の頃はFM東京により実現した
「わが祖国」全曲の演奏会におけるそれのように、
じつに素晴らしい演奏を行っていった。


これら三つで、
だいたいドヴォルザークの全集のイメージができてしまった自分に、
少し遅れて聴くことになったロヴィツキのそれはかなり新鮮だった。

その音楽のキレというか叩き込みが凄い。

タイプとしてはケルテスに近いかもしれないが、
例えはあまりよくないけど、
チェコフィルとプラハ響のドヴォルザークの違いみたいな、
そんな感じがこの二つには感じられた。

熱い演奏だけどケルテスの思いの丈の歌心というより、
音楽の芯に向かって切り込み詰めていくような、
そんな感じの演奏となっている。

特に木管の表情と弦のピッツィカートのそれが、
他の演奏にはない絶妙な表情をみせており、
これだけでもとても新鮮に聴こえたものだった。

また初期の若書きの二曲が、
これほど充実して聴こえたのは稀というべきで、
そういう意味でもロヴィツキの感覚の鋭さが活きた、
とても素晴らしい全集という気がする。

オケがケルテスからプレヴィンの時代へと移行する、
そういう時期とも重なっているが、
オケの状態にほとんど差が無いのも、
指揮者の力量によるところが大きいと思う。


因みにロヴィツキもワルシャワフィルとともに、
この全集が完結した二年後の1973年の5月に来日しているが、
同時期に急遽初来日したムラヴィンスキーに話題を取られたのは、
些かついておらず可哀そうだった。

ドヴォルザークは演奏されていないが、
ブラームス等の演奏はかなり好評を博したとか。


自分にとってこの四つのドヴォルザークの全集は、
そういう意味込みで、
ドヴォルザークの交響曲云々というだけでなく、
音楽をいろいろと積極的に聴き始めた自分に、
強い影響を与えてくれたものとなっていった。


今でもこれらはCDとなって、
比較的容易に聴く事が可能なのはじつに幸いで、
さすがに最新録音と同じというわけにはいかないものの、
当時としては良好な音質として聴くことができる。


日本にドヴォルザークの交響曲全曲が、
どんなかんじて音として入ってきたかという事に、
ちょっとでも興味のある方は、
ケルテス、クーベリック、ノイマン、
そしてロヴィツキの演奏をぜひ一度お聴きになってみてください。


以上で〆

※当初の内容に手を加えタイトルも変更しました。やはり聴いた時期が少しズレてるとはいえ、ロヴィツキを外したままというのはちょっと片手落ちという気がしましたので。

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コメント 5

サンフランシスコ人

イシュトヴァン・ケルテスとクリーヴランド管弦楽団は、6番・8番・9番を演奏したみたいです.....
by サンフランシスコ人 (2017-05-24 06:25) 

阿伊沢萬

録音があったら聴きたいですね。特に6番は全集でもかなり熱い演奏でしたので。
by 阿伊沢萬 (2017-05-25 00:12) 

サンフランシスコ人

1893年にシカゴ交響楽団はドヴォルザークの8番をドヴォルザーク自身の指揮で演奏したみたいです....
by サンフランシスコ人 (2017-08-05 06:19) 

サンフランシスコ人

「ケルテスからプレヴィンの時代へと移行..」

http://slippedisc.com/2019/02/andre-previn-a-publishers-dream/

アンドレ・プレヴィンが2月28日死去した.....
by サンフランシスコ人 (2019-03-01 06:23) 

阿伊沢萬

目の不調等で引退されていたようですが、やはり残念です。心より哀悼の意を表したいたと思います。
by 阿伊沢萬 (2019-03-01 19:39) 

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