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イシュトヴァン・ケルテスのこと [クラシック百物語]

イシュトヴァン・ケルテス
(Istvan Kertesz, 1929年8月28日 - 1973年4月16日)

彼の名前を聴くとクラシックファンの多くは、
ウィーンフィルと1961年に録音した、
同オケへのデビュー録音となった、
あのドヴォルザークの「新世界より」を思い出すと思う。

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この録音は当時まだ三十代前半だった、
若き日の颯爽としたケルテスによる、
そのじつに爽快な演奏が話題となり、
未だにウィーンフィルの「新世界」の、
代表盤のひとつといわれるほどの評価を得ている。


だがケルテスのそれ以外の盤となると、
ケルテスのファン以外の人は、
一瞬考え込んでしまう人が多いと思う。

それは当時の、
そして今のケルテスの立ち位置によるところが大きい。


ケルテスは1929年生まれというから、
プレヴィン、ハイティンク、ドホナーニ、
さらにはアーノンクールあたりと同年齢で、
デッカで同時期に活躍していたマゼールよりひとつ年上、
ロンドン交響楽団で一緒に活躍していた、
コリン・デービスより二つ年下になる。

だが彼は不幸にして、
1973年4月に海で事故により亡くなった。

彼が上記した指揮者に比べ、
知名度が低い原因のひとつはこれだが、
正直に言うとじつはそれだけではない。


ケルテスはコダーイの門下だったが、
1956年に亡命し西側で活動を本格化させる。

デッカと契約した彼は、
ウィーンフィルとの「新世界」で絶賛される。

そしてロンドン交響楽団とも良好な関係を築き、
1964年に逝去したモントゥ―の後をつぎ、
同オケの首席指揮者に就任し、
1964年のロンドン響とのi二度目の来日公演にも、
コリン・テービスとともに同行している。


だがここからが問題だった、
オーケストラとは良好な関係だったものの、
公演における聴衆の反応と入りが、
前任者ほど芳しくなかったとの理由もあり、
たった三シーズンで解雇されてしまった。

もうひとつ音楽監督をつとめていた、
ケルン歌劇場とは良好な状態だったにもかかわらず、
このメジャーオケでの「失敗」はいろいろとあったようで、
クリ―ヴランドでの楽員からの圧倒的な支持にもかかわらず、
セル亡き後定期会員の減少に苦しんでいた事務方には、
ロンドンで「失敗」したケルテスを選ぶ選択肢はなく、
オケは集客力のあるマゼールをベルリンからよんだ。

その後ケルテスは1973年に、
カイルベルト亡き後首席指揮者が空席だった、
バンベルク交響楽団のそれに就く予定だったが、
それは先の事故ではたせなかった。

だがバンベルクには悪いが、
やはりケルテスが都落ちしたという印象は否めない。

またロンドン響は彼と同い年のプレヴィンがその任に就き、
ロンドン響とはその後10シーズン以上関係が続くこととなったのも、
ケルテスの評価にプラスにはならないものだった。

だがそんなケルテスにデッカもウィーンフィルも、
その関係を断つことはなかった。

それはおそらくこの指揮者の人柄と音楽性の賜物だろう。

ウィーンフィルはケルテスと「新世界」を録音した翌年には、
モーツァルトの33番と39番を、
さらに翌年にはシューベルトの「未完成」や「グレイト」、
それにモーツァルトの36番その他。
そして1964年にはブラームスの交響曲第2番を録音した。

このあたりのモーツァルトやブラームス
さらにはドヴォルザークあたりも、
カラヤンとの組み合わせによる、
交響曲集のような企画だったのかもしれないが、
このあたりの録音が後々ケルテスにとって伏線となっていく。

ウィーンとは1965年のモーツァルトのレクイエム以降
(これもカラヤンがウイーンを去った為に代行したのかも)
ロンドン響との仕事に集中したためウィーンとの録音が途絶えるが、
ロンドン響を辞した後、
デッカはウィーンフィルとの録音を開始する。

1970年に以前録音したシューベルトのそれがらみで、
交響曲全集の企画を立ち上げ4番と5番を録音、
そして翌年に残る1番から3番と6番を録音し、
ウィーンフィル初のシューベルト交響曲全集を完成させる。

これらは全集として日本でも1972年秋には発売されている。

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さらにその1972年から今度は2番がすでに録音されているブラームスと、
やはり何曲か録音されているモーツァルトの、
その各々の他の交響曲の録音がはじまる。

1972年にブラームスの4番、
そしてモーツァルトの25.29.35.40番を11月に録音、
翌年の2月から3月にかけてはブラームスの1番と3番、
そして「ハイドン変奏曲」の終曲を除くすべてが録音された。

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このころにはこれらの録音や、
ロンドン響との数々の録音によって、
ケルテスの名前や評価が、
以前よりもかなり上がっていたという。

ハイドン変奏曲の終曲のみが、
何故このとき録音されなかったのかは分からないが、
ここでいったんセッションはお開き、
これがウィーンフィルにとって、
この指揮者と最後の録音になるとは、
この時誰が想像しただろう。

ケルテスはイスラエルフィルに客演するためテルアビブに向かい、
そして公演は成功を収めたという。

事故はその直後におきた。

当時このニュースはかなり大きなものとなった。


ウィーンフィルが録音されなかった「ハイドン変奏曲」の終曲を、
5月に指揮者無しで録音したのは、
この指揮者への深い哀悼の意のあらわれだったのだろう。

これらの録音は翌年6月に日本でもセットとして発売となった。


だがケルテスの死後、
せっかく上がった名声が急速に静まっていくのを感じたのは、
自分だけではないだろう。

ウィーンフィルによる録音は、
その後アバド、クライバー、ベーム、バーンスタインが、
次々と数を重ねていった。

しかもそのレパートリーのいくつかは、
ケルテスのそれとかぶるものが多く、
ブラームスの全集もベームやバーンスタインが、
モーツァルトの数曲もベームやレヴァイン、
同じくシューベルトもベームやクライバーによって、
曲目がかぶらないものであっても、
次第に忘れられてしまうようになっていった。

また他の録音も、
他の指揮者や団体の録音が増えるにつれ、
次第に脇へと追いやられていくようになった。

さらに彼が亡くなった1973年というのが、
指揮者が多く亡くなった年というのも不幸だった。

クレッキ、ホーレンシュタイン、クレンペラー、
イッセルシュテット、アンチェル、近衛秀麿、
他にも合唱指揮者のクルト・トーマス、
そしてシゲティ、カザルス、ブルーノ・マデルナも、
みなこの年に亡くなられたため、
ケルテスのニュースが永く目立つということがなかった。


そして年月が経ち、
いつの間にかウィーンフィルとの「新世界」くらいしか、
国内盤はみかけない時期すらあった。

この頃にはケルテスは、
早くして亡くなった中堅指揮者という、
そんな地味なイメージになっていた。

そしてそれは今でもあまり変わってはいないと思う。

とても残念な話です。


だがそんなケルテスの録音を、
今あらためて聴いみると、
驚く程不出来なものがなく、
またオケのモチベーションが高いことが伺える。

ロンドン響とのものもそうだけど、
ウィーンフィルがこれほど出来不出来なく、
全力を傾注した演奏を、
ひとりの指揮者でこれほど残しているのも特筆すべき事だろう。

フラームスは四曲とも、
かなりの水準の出来となっている。

一部であまり評判のよくない一番も、
自分には外連味なく真っ向勝負でいった潔さと、
それだけではない詩的な美しさも大事にした名演に聴こえる。

他の三曲は、
一番よりもさらに気合の入った劇的な表現で切り込んでいて、
しかもそれが空回りしていない。

これだけ熱気と推進力を持ちながら、
地面にしっかりと足をつけている演奏というのも珍しい。

これはシューベルトの全集にもいえるが、
こちらは曲のせいもあるけど、
より小回りとキレのいい、
しかもパンチが随所に効いた見事な演奏となっている。

シューベルトの4番や6番など、
これほど音楽と指揮者が一体化した演奏となると、
もうどうこう言うレベルのものではないと思う。

しかもそれらが、
ときおりピリオド系の演奏を先取りしているかのような、
そんな趣もたたえているせいか、
今聴いてもまったく古さを感じさせないものがある。

この時代を超越して、
古さを感じさせないのもケルテスの特長のひとつ。

これはロンドン響とのドヴォルザークやコダーイにもいえる。

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そしてこれを当時のウィーンフィルとやったことも、
指揮者を選り好みするオケというだけでなく、
60年代から70年代というと、
ボスコフスキー、ヴェラー、ヘッツェルと、
とんでもないコンマスがいたウィーンフィルだけに、
また凄い事だといえるだろう。

因みに1973年の3月から4月にかけで、
ケルテスが最後の録音をした直後のウィーンフィルが、
日本で公演を行っている。

指揮はこれが初来日だったアバド。

もしこれがケルテスだったら、
この公演どんな評価になっていただろう。

また彼があと十年から二十年健在だったら、
彼の経歴はその後どうなり、
またどのような録音が遺されていったのか、
今考えるとほんとうに残念でならない。

また日本にも何度も来日してくれていただろうし、
バンベルク響だけでなく、
本当にウィーンフィルとも来日していたかもしれない。

そうなれば日本でのそれも、
また違ったものになっていただろう。

またもっと長生きしていれば、
ひょっとするとデュトワやベルティーニのように、
日本のオケのどこかにポストとして収まっていたかもしれない。

実際彼が客演した日本フィルでは、
ケルテスの評価は極めて高く、
そんな話があったらどこのオケも大歓迎だったろう。


だがそれはみな夢のまた夢。

今は遺された録音がすべて。

できればケルテスの録音が忘れられることなく、
末永く多くの人たちに聴き継がれる事を願いたい。


因みにケルテスが日本フィルに客演したのは、
1968年の5月でこれが再来日にして最後の来日。

当初はロンドン響との来日予定だったのが、
不況等の影響でロンドン響の来日が中止になったため
ケルテス単独での来日となったとのこと。


演奏されたのは二種類のプログラムで、

ベートーヴェン/エグモント、序曲
バルトーク/管弦楽のための協奏曲
ベートーヴェン/交響曲第7番

コダーイ/ハーリ・ヤーノシュ、組曲
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番(ロベール・カサドシュ)
ドボルザーク/交響曲第9番

前者の公演は映像として残っており、
現在もDVDで発売されている。

そしてこれからほどなくして、
ケルテスはロンドン交響楽団を去ってしまう。



因みに余談だが、
ケルテスがあと十年以上健在だったら
こんな音楽を奏でていたのではないかと、
個人的に思う録音がひとつある。

それは

モーツァルトの三つの行進曲より第1番ハ長調K.408の1。

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1963年の11月という、
ケルテスとしては早い時期の録音だが、
その堂々とした風格と音楽の充実感と密度がすばらしい。

ウィーンフィルもこの録音の三年前の、
あのクナッパーツブッシュの「軍隊行新曲」を思わせるような、
そんな輝かしいベストの出来を示している。

この数分の小曲ひとつに、
ケルテスの未来が詰まっていると言っても過言ではないものがある。

ぜひひとりでも多くの方に聴いてほしい演奏です。



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コメント 4

阿伊沢萬

ケルテスはいろんな意味でちょっと不遇だったと思います。来年でもう没後45年。早いです。

banpeiyu様、nice! ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2017-05-25 00:14) 

大屋正美

ケルテスも天才肌の指揮者だったのではないか?クラバ-も、そうであったように。鋭いインスピレ-ションの持ち主。感覚と感性で演奏するタイプ。だから30代前半で、素晴らしい『新世界』を残せたのだと思う。でも常任指揮者を務めるにはレパ-トリ-が少なかった。オケにとって常任は重要な安定的な収入源、その為には観衆が喜ぶ演奏をする事、レパ-トリ-が多い事が当時、指揮者に求められたのではないか?ケルテスも一匹オオカミであったのでは?
私はケルテスのモ-ツアルト・ブラ-ムスの交響曲が好きですか。
彫りの深い、豊潤な演奏が深い感動をもたらす。少なくとも、全て同じテンポ・リズムで演奏する小澤征爾より、かなり格が上です。


by 大屋正美 (2018-07-22 19:16) 

阿伊沢萬

ケルテスのモーツァルトやシューベルト、それにブラームスを聴くと、彼の事故死が本当に残念でなりません。

また聞きのレベルですが、彼が50歳を迎えるころにちょうど楽聖の没後150年と重なるので、バンベルクかウィーンでベートーヴェンの交響曲全曲を演奏ないし録音したのではないかという話を以前聞いたことがあります。

事の真偽は確認できませんでしたが、もし実現していればそれはとても素晴らしいものになっていたと思います。

大屋様、コメントありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2018-07-26 04:31) 

サンフランシスコ人

イシュトヴァン・ケルテスのミシガン大学での公演...

http://umsrewind.org/artists/?id=11937

01-16-1963
North German Radio Symphony

Brandenburg Concerto; No. 2
Symphony; No. 4 (Mendelssohn)
Concerto for Orchestra (Bartók)

Conductor: Kertész, István

10-05-1968
Chicago Symphony Orchestra

Symphony; No. 67; F Majorn (Haydn)
The Miraculous Mandarin: Suite
Symphony; No. 6 (Dvořák)

Conductor: Kertész, István

by サンフランシスコ人 (2019-04-24 07:08) 

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