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佐村河内さんの曲は別人作 [佐村河内事件]

広島市出身の被爆2世で、両耳が聞こえない作曲家として知られる佐村河内守さん(50)=横浜市在住=の代表作「交響曲第1番 HIROSHIMA」などの楽曲は、十数年前から特定の別の人物が作ったものだったと、佐村河内さんの代理人の弁護士が5日、明らかにした。

 フィギュアスケートの高橋大輔選手がソチ冬季五輪のショートプログラムで使用予定の楽曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」も、佐村河内さんの作曲ではないといい、波紋が広がりそうだ。

 代理人は「(作曲した)人物の側にも作曲者として表に出づらい事情があると聞いており、佐村河内が自身を単独の作曲者と表記するようになった」と経緯を説明。佐村河内さんは、決して言い訳のできないことと、深く反省しているという。

 公式サイトなどによると、佐村河内さんは4歳からピアノを始め、作曲を独学。「バイオハザード」「鬼武者」などのゲーム音楽を手掛け注目を集めた。35歳で聴力を失った後も絶対音感を頼りに作曲を続けたという。

 被爆者への思いを込めたとされる「交響曲第1番」は、2008年に広島市で開かれた主要国(G8)下院議長会議(議長サミット)の記念コンサートで披露された。11年にCD化され、クラシック界では異例の10万枚以上の大ヒット。「現代のベートーベン」と呼ばれ、テレビや新聞でも取り上げられた。〔共同〕

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0403J_U4A200C1000000/

ああ、そうなんだ。

というのが偽らざる感想。自分はかつて以下のようなブログを書いている、

http://orch.blog.so-net.ne.jp/2013-04-27

今読んでみると、まあうまくその雰囲気にのまれたんだろうなという、
当時の自分の姿勢がみえてくる。

けっきょくは自分も思い込みが強いところがあるので、
そういう部分を曲に勝手に付加してドラマとして聴いてたんだなと、
音楽と正面から正対していなかった自分の姿勢というのにも多少反省している。

ただ言い訳するようであれなのですが、
まあそれにしてもよくそういうふうに聴こえるようにつくったなあというのと、
フルトヴェングラーの曲が聴きやすく聴こえるようになったのは事実なので、
理由は自分の思い込みがねつ造した幻影や幻想だったのかもしれないが、
その点は「幻を楽しませてくれた」ということで、
個人的には佐村河内さんをどうこう言う気はない。

そう感じた当時の自分にいちばんの責があるので、
そこのところまでどうこう言うのはさすがにどうなのよという気がする。

まあ自分にとってはけっこういい経験になりました。
とはいえ思い込みが強い性格なのでまた「踊らされる」かもしれませんが。

ただなんで本当の作曲者である新垣隆さんは今まで自分で名乗らなかったのか。
まあいいか…これ以上の推測は無しということで。

いやあいい恥かきました。面白いので過去のそれも削除しません。
真剣に読まれた方には申し訳ありませんでした。
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阿伊沢萬

なんかどうしようもない話なんですが、まあ一年かけて三善晃に師事した人が、そこそこ力入れてつくったんですから、まあ騙されても本望かなと

iguma 様、teftef様、情けない話にnice!ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2014-02-07 23:50) 

大石良雄

拝啓 突然のお邪魔にて失礼お詫びし、今後ともよろしくお願いいたします。サイトヘッド様は「映画FAKE」観られたのですね、、羨ましかった。今回サイトヘッド様にご迷惑がかからぬ様極力言葉を選びますが、不謹慎ありましたらお詫びを。まず結論は「佐村河内守の音楽に本当にパワーが在るなら後世に残るだろうし、そうでなければ消えるだろう」とそれだけです。要は「音楽、音楽の本質を語るべき」なのです。自分が一番立腹したのは「佐村河内のゴースト&ファントム起用では無く、身体障害者を偽装装い、地震に苦しむ現地の少女を騙くらかした事、更には某女優と不適切な関係を構築した?」の2点だけです。別段ゴースト起用だのその程度の事はそう騒ぐほどの事でも無い。まぁ少し芝居が大げさすぎた点はやり過ぎでしたが、、殊更日本人は例えば某国営放送などが「フジコへミング氏、宇宿允人氏」等の人物を探し出し、窮めて意図的な作為的な演出を施して放映した、お涙頂戴式のど演歌そのものの乞食演出で。それに輪をかけて元々音楽等解りもしない音楽界のダニ寄生虫の評論屋連中が持ち上げた末に、いわばマスゴミ屋が作り上げた「世紀のインチキベートーヴェンの姿」でした。実は、過去の大作曲家についても「ハイドン、モーツァルト」等には多数の弟子が居た事。ベルディが、アイーダの作曲を依頼された際引き受ける条件の一つに「弟子たちとも相談の上」と言う文献もありましたね。つまりもうこの当時からも「クラシック音楽の制作過程は、必ずしも孤独なデスクワークでは無かった」と。中にはFリストのゴースト?として堂々と名前が挙がっている人もおりますし、、。特にここ数十年は作曲編曲の分離や更にはオーレストレーターにプログラマーの出現で音楽は更に複雑細分化されています。こういった「名前が表に出ない分業」は何処の世界にでも必ずあります。佐村河内の場合、初期の契約段階では、あの何でしたっけ?あの干し柿だか渋柿だかとの契約があったはず。現実に「師匠と弟子の関係では、名前が出ない裏方も沢山いる」と。その裏方の給料払っているのは雇い主だからです。今回は何故、この絶妙のタイミングで干し柿だか渋柿だかが表街道に出たがったのか? 此処を一番追求しなくてはならないのに誰も言わない。私見では、まぁこう言っては何だが一番の悪党は「    」だと思っています。映画の台詞でも「そんなにマスコミの寵児になりたかったのか?」なんてのがありましたが、そんな事しなくても「出られるべき人は必ず出られるべき時には世に出られる」のです。少なくてもこのタイミングでは無かった、、、全てはこの「    」が仕組んだ巧妙な作戦だったと確信していますが。大体、現在シンフォニーなんてぇとんでもねぇ大曲を発注してくれるところ等皆無であり、例えば干し柿だか渋柿だかが自己ネームで作って発表したって誰が聴きますか? 佐村河内のネームバリューがあったればこその世間ですよ。此処を間違うべきでは無かった。ただ、これはおそらく世界の誰も知らない事と思いますが、今回の事が露見する前後、「佐村河内は、とある某にこっそりとメールを送っていたらしい」事実があります。この某の詳細は絶対に言えませんし黙って墓場まで持参するが、佐村河内はこの某に「もしかして渋柿だか干し柿だかの後継、もしくはパートナーとしての何か」を求めていたのかも知れません。これ以上の事は書けませんし聞かれても言えません。驚いたのは、この某のことをどうして知りえたのか? さすがに佐村河内の「他人の実力才能を視る眼、見抜く力」だけは本物の様です。道さえ間違えなければ佐村河内守はきっと優秀なプロデューサーになっていたでしょう。しかしこうして人の道に外れる行為で世に出た「何だか」ははたして今後どうでしょうか? 何より「音楽以外の要因に心を奪われ、表面的な要素でのみ佐村河内を見聴きし感激屋に扮した我々国民の皆様」こそ、一番猛省しなくてはなりません。 怒ったり怒鳴ったり、クレームつける彼方の顔を鏡で見て下さい、、、、そんな濁った眼では事の真実等決して見えません。自分も含めて猛省いたしましょうね。 今回サイトヘッド様、ご観覧の皆様には何かと失礼致しました。  敬具

by 大石良雄 (2017-07-23 10:27) 

阿伊沢萬

自分はこの件に関しては、騙されて傷心してた人たちを二次災害にあわせてまで保身をはかった、このCDのライナーを書いた人間わ絶対許しません。

ふつうなら傷心した人たちにフォローすべきところを、見捨てだけでなく、自分が手を貸したムーブメントを「おかしい」と、あのタイミングでいいだしたのに正直愕然としました。思ってもあのタイミング言うなら墓の中までもってけということです。

ああいう恥知らずの人でなし発言は絶対許さないし許しようがありません。

すみませんかなり熱くなってしまいました。大石様コメントありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2017-07-23 21:35) 

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