SSブログ

宮沢賢治と伊福部昭 (ストラヴィンスキーと鹿踊り) [宮澤賢治のクラシック]

宮沢賢治と伊福部昭というタイトルですが
正直この二人にはほとんど共通項がない。(以下敬称略)

伊福部がうまれたとき賢治は18歳
そして賢治が亡くなったとき伊福部はまだ19歳だった。
伊福部は北海道、賢治は東北ということで地域的にも接点はなく
伊福部が東北に行ったり賢治が北海道に行ったということはあったが
賢治が亡くなったとき伊福部はまだピアノ組曲他数曲しか作曲しておらず
しかもまだそれを中央に発表などしていなかったため
その名前をいくらクラシックに対して造詣が深かった賢治とはいえ
知る由もなかったのは当然といえば当然だろう。

だがこの二人の数少ない接点のひとつにストラヴィスキーがある。

伊福部が少年時代ストラヴィンスキーの「春の祭典」から衝撃を受けたことは有名だが
賢治もストラヴィンスキーの「火の鳥」を愛聴していたということ。

ストラヴィンスキーのこの両作はともにロシアの民謡を素材にした土臭い旋律と
大胆とも衝撃的ともいえるリズムの使い方がある。
ただメロディにおいては火の鳥の方
そしてリズムにおいては春の祭典の方がよりイメージとして残る部分が多く
賢治と伊福部がストラヴィンスキーの三大バレエにおいて
各々がそれぞれの曲に強くひかれたのは
その作風からもじつに興味がひかれるものがある。

そしてもうひとつは鹿踊り。

賢治はこの鹿踊りを題材にして「鹿踊りのはじまり」を書いており
伊福部も鹿踊りを元にした音楽「日本の太鼓「ジャコモコ・ジャンコ」 」を作曲している。
(KICC-439というこの「ジャコモコ・ジャンコ」を収録したCDには
伊福部の岩手や鹿踊りに対する興味深い発言があります。)

かたや鹿踊りの起源を賢治独特の清澄かつ明晰な幻想豊かに描き
かたや鹿踊りを元にバレエ音楽を書き後にそれを純粋管弦楽として描きと
まるでその内容は違うものの
その伝わる土の香りと人間と自然の営みがどちらにもじつに活き活きと描かれていることなど
たいへん興味深いものがあります。

自分は残念ながらこの鹿踊りを一度もみてはいないのですが
賢治のその作品を読み
そして伊福部のその曲を聴くとまるで以前どこかでそれを見たことがあったような
不思議な錯覚に陥ることがあります。

また元来鹿踊りには旋律らしきものはほとんどないにもかかわらず
賢治はそこから鹿に次々とうたをうたわせ
伊福部はリズムこそ踊りからとったものの旋律はほとんど自ら作曲するという
どちらも自らがリズムからインスピーションを受けて旋律をつくりだすということをしています。

ここに自分はストラヴィンスキーに惹かれた二人の姿をみたおもいがし
しかも賢治はより旋律を伊福部はよリズムを強調するように
鹿踊りを自らの中で再構築していったように感じられ
じつにこの二人の嗜好性を強く感じた気がしたものでした。

因みに伊福部のジャコモコ・ジャンコの意味は
このときみた鶴羽衣の鹿踊りをみたとき
そのリズムを覚えるために口ずさんだ言葉ということです。

ところで鹿踊りはじっさい「鹿躍」と書くらしい。
ただ「踊り」と「躍り」では意味が多少違う。
踊るは踊りというから舞踊で音楽等にあわせて踊るというところからくるのですが
躍りだとそれは跳んだり跳ねたりというどちらかというと本能的な動きからくるもので
賢治も伊福部もともに前者のそれを文字として使っていますが
どちらもその作品に衝動的ともいえる「躍り」の要素が描写されており
二人ともこのあたりをしっかりと捉えているのにもまた共通したものを感じたものでした。

リズム主体のものから旋律を導き出し、しかもそこに躍りの要素もしっかり盛り込む二人
そしてそこにも感じられるストラヴィンスキーの影。

またしてもとりとめがなくなってしまったのでここで〆です。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0