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鷲宮神社雑感 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

鷲宮神社に行ってきました。
鷲宮神社が関東最古の大社であるということを知ったのは、
十年近く前と比較的遅く
神社仏閣巡りが趣味のひとつである自分としては
ぜひ一度行きたいと願っていたところでもありました。

当初はもっと早く行く予定だったのですが、
かの「らきすた」によって取り上げられ
ちょっとした「聖地」に祀り上げられた事で、
行くのをためらってしまっていたのです。

自分はアニメ好きですが
他のジャンルとの融合を率先している反面
各ジャンルそのものの尊重というものにも
かなり保守的ともいえる一面を持っています。

このため「らきすた」によって「らき宮」化してしまった。
そんなふうに感じられ、
さらにそれによって現地に
有形無形のご迷惑がかかっているのではないか、
ということがとても心配だったからです。

しかも今年初めに目にした雑誌には
「おちついて参拝もできない」という記事も目にし、
放送終了からかなり日にちが経っているのに、
まだこういう声があがっているのかということに、
さらに行く足が遠のいてしまったものでした。

ですが今年3月にTAFで行われたシンポジウムで
この鷲宮のことがとりあげられ、
そこでは現地とファンの間にとても幸せな関係が
自然かつ普段着なものとして築かれているということを聞き
ようやく出かける気になったものでした。

因みに鷲宮は自分の住む横浜から湘南新宿ラインを使用すると
横浜から久喜まで直通で約80分、
そこから東武線に乗り換え隣の鷲宮まで約5分とそれほど遠くはなく、
長時間収録のCD、
例えばブルックナーの交響曲第7番などを聴いていれば
聴き終わったらまもなく久喜に到着というくらいの距離にあります。

4月12日。
この日は天気もよかったこともあり、
格好の小旅行日和となりました。

鷲宮駅についてまず気がついたのは
それほど大きくない駅の
その改札に向かって右側に「らきすた」神輿があること。
たしかに目立つけど
じつにそこに自然に鎮座し収まっている。
これがある意味この町と「らきすた」の関係そのものなのかもしれません。
駅の改札を出ると
外に向かう出口の近くにある階段の側で、
アニメのシナリオライターをされているらしい方を含むグループを見かけた。
また鷲宮がらみでなにかあるのだろうか?
と考えながら一路鷲宮神社へ。

町は日曜の昼ということで鷲宮の駅前はじつに閑散としていた。
歩く人も駅から神社に向かう数人の人以外はじつにまばら。
これといった商店街があるわけではない。
素朴などこにでもある地方の駅前の風景、
これが「らきすた」が始まる前のこの町本来の空気なのでしょう。

途中川の手前で左折し川の土手沿いを歩く。
駅や神社でもみかけた桜の木々は葉桜になりかけていて
二日前の春季崇敬者大祭頃に行っていれば
おそらく満開の最後の頃だっただろうとちょっと残念だったけど、
この土手沿いの菜の花の大群生がじつに見事で、
その香りに包まれている感覚もまた心地よかったです。

十分ほど歩くと神社に。
側の駐車場にはいかにもという車が何台もみかけられ、
このあたりに「らきすた」以降が感じられたのですが、
このとき駅員の方々に神社の行く先を聞かれていた
年配のご婦人のグループがこれらの光景をみて、

「これ『らきすた』とかいう漫画のよね」
「あなた漫画好きだったけ」
「そうじゃないけどけっこう有名みたいだから」
「ああそうなの」

という感じの会話をされていた。
それだけの会話ですが、
それ以上でもそれ以下でもない。
あくまでもそれはそれこれはこれという雰囲気。
こういう気持ち的な住み分けが
一般の方にできているのがとてもうれしかったし、
こういうことにナーバスになっていた時分がちょっと恥ずかしかった。

神社の大鳥居をくぐるとまわりとの位置関係や立ち木等で
ここからは完全な「らきすた」抜きモードとなっていました。

じつに落ち着いた素朴な佇まいのその神社は
出雲大社ほどの大きさはないものの、
予想していたものよりはかなり規模が大きい。
(正直「大社」もしくは「神宮」と呼称されていてもおかしくない)
しかもその雰囲気をどことなく出雲と似たものでして、
おちついた中にも厳かさと大きさを兼ね備えたこの神社、
ぜひまた来てみたい神社のひとつとなりました。

ところでここで一番印象に残ったことのひとつに
大きな羽根を広げてお出迎えをしてくれた孔雀とともに
別棟に飾られていたお神輿があります。

このお神輿かなり重いらしく
長い期間神輿の担ぎ手不足で神輿が出せなかったのですが、
昭和の終わりにようやく担ぎ手が集まり出せるようになったという、
かなりの苦難の歴史があったとのことで、
このことは当時の鷲宮神社や鷲宮の町のそれも
おそらくいろいろとたいへんな時期が長期にわたってあったのでは?
ということが偲ばれたものでした。
それを思うと「らきすた」以降担ぎ手に心配もなく、
また町もそれなりに活気づいたことは
やはりこれはひとつの町おこしになったというべきなのでしょう。
(その住み分けと普段着によるお出迎えがうまくいっていることも
 もちろん特筆すべき事柄だと思います。)

帰り、行きと違い参道沿いに町の中を経由していくと
有名なお茶屋さんはともかく
それ以外にも「らきすた」関係の告知をしている店をみかけましたが、
その数は数軒とごく控えめ。
このあたりに放送終了からの月日を感じさせられてしまいますが、
それもまたごく自然に受け止め、
そして共存しているその姿に
この町が神社との長い歴史によって培ってきた、
「時の流れと過ごす」という姿勢を強く感じさせられたものでした。

次に鷲宮に出かけるときは賑やかなとき、
たとえば七月三十一日の夏越祭の時にぜひ行ってみたいと思います。

ただこの時期このあたりはおそろしく暑いですし、
午後はいつも大スコールがあるようなので、
行くのは午前中にしたいところです。
でもそれでも行きたいと思わせてくれたのですから、
それだけでも鷲宮の町おこしの究極の目的ともいえる
「顧客づくり」は成功していると言っていいのかもしれません。

それにしてもあのシンポジウム自分にとって本当に有意義でした。
あらためてパネリスト及び関係者の方々に深謝です。

以上です。
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「アニメにおけるロケツーリズムの可能性~聖地巡礼と観光資源~」雑感。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

東京国際アニメフェア2009では
ビジネスデイにいくつかのシンポジウムが開かれるのですが、
その初日にあったシンポジウムのうち

「アニメにおけるロケツーリズムの可能性~聖地巡礼と観光資源~」

についてもう少しだけ…。

前のページにも書きましたが、
ここではいくつかのアニメの舞台になった実際の場所と、
放送後のファンと地元の方たちの交流と町おこしについて、
いくつかの実例をあげていろいろと検証されました。

「らきすた」の鷲宮のことと
「true tears」の富山県の城端。

アニメと地元の幸せな結びつきと「町おこし」の話等が、
じつにいろいろと語られたのですが、
こういうのって
ほんと地元の理解とファンの礼節、そして信頼というものが
じつに大事という気がしました。

それは下手をするとよそよそしさや
過ぎたるは及ばざるがごとしになってしまう危険性があります。
特に舞台となった地元は背伸びして
長屋にシャンデリアを飾るような無茶をしそうなところなのに、
上の二つにはそれがない。
普段着のまま作品のファンに接するというのは
けっこうむつかしいはずなのですが…。

これはお互いがお互いを認め尊重し
一歩踏み込まないと絶対不可能なことなのですが、
上の二例を今回見聞したところ
あまりそういうところを難渋した形跡がない。

もちろんこれにはしっかりとした旗振り役がいたからでしょうけど、
それ以上に大きかったのは
ファンが作品を
そして地元の方は自分たちの町を
とても広い視野を持ちながら愛しているからだろう。
もちろん作品が秀逸なものであることは言うまでもない。

自分も「true tears」でのむぎや祭のシーンをみたとき、
なんと風情のある美しく誌的な町なんだろうと思ったし、
本気で舞台となった城端まで行こうと思ったくらいでした。

一昔前まではアニメが町おこしに貢献するなどというのは
ちょっと考えもしないことでした。

ですが時代は変わり
アニメだからといって眉をひそめたりするというのは
もうかつての話のようです。
それはアニメで育ってきた方たちが大人になり、
いろいろな社会で活躍するような時代にさしかかったことと、
アニメそのものも一時ほど閉鎖的な印象がなく
ファンもより明るく、フットワークが軽く、
そして礼儀正しくなったこともあるでしょう。

ただしこれらは決して自然にそうなっただけでなく、
かつてコミケが幕張メッセから追い出されたことがあるように、
そうならないためにひとつの防御手段として培われたものが、
そのベースの一部にあることも忘れてはならないでしょう。

とにかくかつてのそれを思うと
ほんとうに時代が変わったという気がします。

ところでこういう聖地巡礼をみると
これってなんかかつての初期の声優さんブームを思わせるものがあります。
仮想世界における現実との実態のある接点。
それが声優さんであり聖地である。

そういえばこのサイトで「ハルヒ」使用のクラシック音源に触れた項目が
かつて48時間でアクセスが一万件を軽く超えたことがありました。
これなどもひとつの聖地巡礼なのかもしれません。

自分は前のページで、
「おそらくこれからもこういう実在の地方を舞台としたアニメが
いくつも製作されていくことでしょうが、
ぜひそれらが幸せな形で紡がれていくことを強く願うものです。」
と書きましたが、それを思うと
今後アニメと現実を結ぶものが
次々といろいろなジャンルから作品にとりこまれ、
それらがあらたな聖地を生んでいくということも
充分あると思います。
ただしそれらがあざといタイアップであれば、
たちまち背を向けられてしまうでしょうが…。

とにかくこれからのアニメにおける各種聖地巡礼。
はたしてどのような状況をこれから見せてくれるのかほんとうに楽しみです。

それにしてもほんと時代は変わった。

〆です。

※このシンポジウムで参考にされた文献等が記されているサイト。

◎アニメ聖地の成立とその展開に関する研究 : アニメ作品「らき☆すた」による埼玉県鷲宮町の旅客誘致に関する一考察  (著者: 山村高淑 )
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/35084

◎鷲宮町商工会
http://www.wasimiya.org/
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