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「ザ・コーヴ」雑感 [映画]

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http://thecove-2010.com/
(公式サイト)

今話題の「ザ・コーヴ」を観た。
劇場前には複数の警備員、
そして上映前には会場前方にも警備員が配置されるという物々しさ。

たしかに街宣車や上映反対運動等によって
不測の事態がおきたときのことを想定してのことだろうけど
ただそれにしては劇場前はとても静かで
ニュースでやっていた土日の喧噪がまるで嘘のようだった。

自分のいった横浜の劇場はとてもローカルな雰囲気の映画館だった。
TVではここの支配人の方が
この作品の上映をぜったい行うとかなり真剣な表情で話されていた。

ここまでいろいろと場外で話題のある作品なのだから
さぞや劇場の中もと思っていたら
平日午後とはいえあまり人は入っていなかった。
東京と神奈川ではここを含めても2館しか上映してないことを思うと
これにはかなり拍子抜け。

上映までしばらく時間があったのでパンフレットを購入(税込600円)。
これを読むと、至極真っ当なことがいろいろと書いてあった。
「これはけっこう真面目につくった作品なのかもしれない。」
とこのとき思った。

というのも事前にいろいろと耳に入ってくるのはあまり良い噂ではなかった。
それらを聞いていると
かつての壱岐のイルカ漁に対する抗議活動の映画のような
それこそ漁民の死活問題そっちのけの映画で
なんか現代版「生類哀れみの礼」みたいな感じの映画なのかなと、
そう思えてきてしまったのだ。
あの壱岐の時は抗議する側の言いたいこともたしかにわかるけど
「じゃあ地元の漁師さんはどうなるの?」
というそれで、とても辛い気持ちになったものでした。

そういうものが映画になった。
しかもアカデミー賞をとった。
これはどういうことなのか。
ちゃんとイーブンにつくられた映画だから賞をとったのか。
と、とにかくいろいろと想像はしたが
観なきゃとにかくはじまらない。

ということで、ようやく観にいきました。

で、はっきり言わせてもらいます。
この映画は問題山積だ。
というより下手したらダメかもしれない。

ドキュメンタリーというから
自分は日本でのそれを想像していたのですが
ディスカバリーチャンネルのモンスターものの方がはるかに良作だ。

というよりまずこれはドキュメンタリーではない。
それこそ「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のパロディではないかとさえ思ってしまった。
しかも冒頭、自分達は中立みたいなテロップがでてくるけど
正直徹頭徹尾、日本に対して嫌悪感むき出しで、
最初から太地町の人を一部とはいえ悪人とよび、
終わりの頃には「…は日本の売春宿になってしまった。」という意見をのせるものの
肯定的なそれはまるでなし。叩くときは徹底的に叩くというものだった。
「日本が嫌いなアメリカの方って、こういう感じで我々をみてるんだな。」
とそれがわかったのが収穫というくらいのこれは作品だ。

だけどそういうのは日本のドキュメントでもよくある。
だからここで太地町の方々や日本のお役人様を
あたかもアメリカの戦争映画にでてくるドイツ軍や日本軍みたいに描くのも
まあありだろうなと思ってしまった。

だが自分がダメというのは「本当は何が言いたいの?」というくらい
とにかく「何故?」という疑問がてんこ盛り状態だったこと。
それらを以下に書くとこうなります。

(1)
なんでオバリー氏のイルカに対する自分史は延々と語るのに
太地町のイルカ漁の歴史には何故触れないのか?
これやんないと片手落ちもいいころなんですけどね。

(2)
日本の文化なら東京や京都の人が知らないのはおかしいというのは何故?
それとも太地町と東京や京都との距離は
アメリカ的な距離感からみればお隣さんにしかみえないのだろうか?

(3)
太地町から徹底的に嫌われ厳しく対応されたからこの映画ができ
あれだけの有志が集まったのだろうけど、
自分達と太地町の関係がそうなった経緯や
そのきっかけを何故教えてくれないのだろうか?
感情的に拗れてもう話したくないということなのだろうか?
そこが描かれていないからそのあたりの説得力がいささか弱くなってしまっているのに。

(4)
イルカは利口で保護すべき生き物という観点で
それを途中から鯨とからませたこれは面白かった。
だけど同じく途中からでてきた水銀のことはどうなったのだろう。
水俣病まであつかったそれはなかなかだったのに、
夜間のカメラ設置以降、終に最後まで水銀にほとんど触れず終いは何故?
もしそれが大事で、作品内それをより知らしめようと言ってるのなら
それらが入り江からどう運ばれどこに行くのかまで追跡するのが筋というもの。
それが何故かプールでイルカと戯れる男性の笑顔のアップでお涙頂戴したり、
最後イルカの殺し方に論点をスライドさせたままにしてしまったりと、
その詰めの甘さは正直ガッカリ以外の何物でもない。
これでは潜入と盗撮、それにイルカ漁のシーンで面白いところが出尽くしたので
あとはどうでもいいというふうに思われても仕方がないような終わり方だ。

(5)
あとあのラストの首からモニターを提げたあれもどうかと…。
もし自分の作品やイルカの事を思うなら
最後にテロップでもよいから調べ上げた数字やその出展元を
ちゃんとあげた方がまだ説得力があったと思う。
あれでは、
「この人なんだかんだいって結局またイルカを出汁にして名前売ってるだけじゃん。」
と言われる危険性があることを何故考えなかったのだろうか。

(6)
そしてどうして観る人にいろいろと考えさせないのだろう。ということ。
最初から中立をうたうのであれば
矢継ぎ早に自分達の意見ばかり言いまくり、
そうでないときはBGMにのせたイルカのシーンや
女性の涙ぐんだシーンとか
そういう感情移入したくなるようなシーンばかり入れて
ひとつの方向にばかり強引にもっていくやり方はいかがなものかという気がする。
冒頭のテロップといい、オバリー氏のイルカへの贖罪という気持ちも
これでは何か「しらっ」としてしまう。

以上です。

特に(6)は自分にはかなり抵抗があり
酷い言い方かも知れないがこれでは「振り込め詐欺」と手法が同じとさえおもってしまった。
あと(5)でも触れたラスト。
それこそあれを「日本のいちばん長い日」のラストみたいに仕上げてたら
おそらく自分のこの映画への考えはかなり変わっていただろう。

あともうひとつ付け加えると、とてもひっかかるシーンがあった。
それは「殴ったら思うつぼ」とオバリー氏側が言うシーンがあるが
その直後住民が激しくオバリー氏側に恫喝するような言い方をするシーンがある。
(住民の顔が日本公開版のみ処理施されている。)
これなどその行為を引き出し、「思うつぼ」を実践したかのようにみえてしかたなかった。
随分と狡猾なやり方に感じたのは気のせいだろうか。

まあとにかくこんな練度の低いドキュメントがアカデミー賞とは正直驚きだ。
最近のアメリカ映画によくある
掴みと最後の見せ場さえできてればあとの?は多少どうでもいいという
それがここでじつによくでてしまったというべき映画だろう。
とはいえこれが賛辞され、アカデミー賞をとるのをみていると
やっぱりアメリカ人にとって日本人って鬱陶しい存在なんだろうなあ。
と考えさせられてしまうものがあります。

とにかく見終わってかなりガッカリの作品だった。
これでは街宣車まで持ち出した右翼の方や命賭けると行った映画館の支配人の方、
そしてなにより当の太地町の方々は
心の底で「なんじゃこりゃ?」ではなかっただろうか。

ただこれがもしドキュメンタリーではなくたんなるフィクションだったら、
これはこれでこの作品、かなりの娯楽作品といえる出来。
カメラワークもなかなかいいし
けっこうベタな演出だけどドキドキワクワクするシーンもある。
これで地元協賛でつくった作品ともなればそれこそ町おこしにもなる。
まさに言うこと無しの最高の話題作だ。

だが不幸にしてこれはそういう作品ではない。
「GODZILLA」を「ゴジラ」と思わなければ面白いというのと同じ…
ではすまない作品なのだ。

とにもかくにもこの映画は問題山積です。(撮影手法も含めて)
まあDVDになって見直したらまた違う発見があるかもしれませんし、
見落としや勘違いもあるかもしれませんが…。

この映画を高く評価したり好きな方には申し訳ありませんが
今のところこれが自分の偽らざる感想です。

しかし本来はもっと重く深刻な話なのに
この観終わった後の軽さというか虚しさというか。
これはいまひとつ真摯に踏み込んでくれなかったことへの恨みのなか、
それとも…。

なんか期待が大きかっただけに観終わってとても疲れました。
なんなんでしょうね、この映画。


(以下 2010,7/7 追加)

7/6の1930から放送されたNHKの「クローズアップ現代」で
この作品のことが取り上げられていた。
そこでは自分が感じていたいくつかの疑問が触れられていたが
それをみていたらこの映画、
暗にシーシェパードを擁護し支援しているのではないかと
さらにその姿勢に疑問を感じてしまったものでした。

あとここでは横浜の映画館の支配人のところに
上映中止をもとめる抗議活動がされたということもふれられていました。
これそのものは別に悪いことでも何でもない。

こういう考えもあるから
ぜひ一考しこちらのそれも聞いてほしいということで
むしろ当然といえることだろう。

だが近隣の人達には何の落ち度もないし
「こうなるのはこいつが悪いからだ」は
逆にこの活動の真意そのものが疑われる可能性があるし
現在世界各地で行われているテロ活動の考えと、
一部重なるものがあるととらわれかねない危険性もある。。
抗議側の立場もわかるだけに
これには支配人だけでなく抗議側に対してもとても心配なものがあった。

けっきょく映画はここだけでなく各地で公開された。

横浜は入りがいまひとつだが渋谷は盛況だったという。
正直アカデミーとったとはいえ
この映画そんなに人が入る類のものではなかった。

それを思うとこの騒動、いったい誰が得をしたのか?
たきつけた監督やオバリー氏を含む映画製作サイドではなかったのか。

すでに上で住民に恫喝させるような行為を引き出し映像化したことをふれたが
これと同じ手法を彼らはここでもとらせていたのではないか?
いわばこの騒動を喜び、予想通りとほくそ笑んでいたのではないか。

映画館の支配人も抗議活動をしていた人も
そしてこの映画をその話題で見に来た人も
全部その手のひらで踊らせていたのではないかと。

たしかにこういう興行ものにはそういう面もあるし手法もある。
だが人の犠牲や熱意までも手玉に取ることははたしてどうなのだろう。

これではイルカ漁をしている太地町の住民を悪というなら
その住民や多くの関係者を利用したこの映画も同じ穴の狢とはいえないだろうか。
言い過ぎかもしれませんが、そう思えてしかたありません。

ほんとうにもうなんともいえない気持ちといいますか
ちょっと言葉にならない感覚を自分は感じはじめています。
こんな気持ちになった映画を観たのは生まれてはじめてです。
(ひょっとして二度目かな?)

最後に。

世界に向けてこれだけのことを映画という媒体を使って発信したのですから
今後は監督もオバリー氏も「伝える人間」としての責任をもって
より真摯な姿勢をもってドキュメンタリーをつくってほしいものです。
それだけの力と行動力は間違いなくあるのですから。


(お詫びと訂正)

「太地町」のことを「大地町」と書いてしまいました。
映画もあれですが自分もかなり情けないですね。反省します。
申し訳ありませんでした。
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コメント 4

阿伊沢萬

DSilberlingさま

このnice! をいただいた後、多少文面が追加されました。ですがそれはこの作品に対してさらに自分の立ち位置が否定的なものになってしまったことを明確にするものでした。ですが正直この映画。考えれば考えるほど何をやりたかったのか、自分は多少わからくなっています。もう一度観に行かなければダメな類の映画なのかもしれませんし、ひょっとしたら自分は考えすぎの深読みしすぎなのかもしれません。

nice! ありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2010-07-07 12:05) 

阿伊沢萬

emuzuさま

この映画を観て数日経ちますが。だんだんもう一度この映画を観に行くのが嫌になってきました。観た後のあの妙ななんともいえない気持ちが嫌なのです。不快感とも似てますが妙に違うといいましょうか。これではあまりリピーターもいないかもしれませんね。

nice!ありがとうございました。

by 阿伊沢萬 (2010-07-08 01:59) 

ジジョ

はじめまして☆
私もこの映画、何が言いたいのかよくわかりませんでした、、^^;
阿伊沢萬が挙げられた疑問。私も同様に感じましたよ。。
by ジジョ (2010-07-10 05:56) 

阿伊沢萬

ジジョ様

そうですね。ようするにつまるところよくわからない映画です。そのよくわからない映画がなんでアカデミーとったのかはさらによくわからないです。映画の感想はひとそれぞれなので、これを傑作という人もいるでしょうが…。なんかとにかく自分にとって不親切極まりない映画でした。

nice!ありがとうございました。

by 阿伊沢萬 (2010-07-10 18:03) 

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