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佐村河内事件の残したもの。 [佐村河内事件]

佐村河内氏の事件についてはすでに自分いろいろと書いたし、
自分自身墓穴を掘った部分もあるのであれなのですが、
ここまでで気になったことだけ少し書いておきます。


ひとつはすでに佐村河内氏のゴーストライターをつとめた新垣氏のインタビュー。
http://www.youtube.com/watch?v=y3xBGIWij9o
がコンプリートな形でUPされているので、
すでに新垣氏側からみたこの件の全容のようなものは、
多くの方々に知られることとなった。

ここでのすべてが真実なのか、
それとも一部脚色されたものがあるかは自分には判別はつけられないし、
最後に会見場で流されたビデオの意図する部分も自分にはよくわからない。

ただ言えることは佐村河内氏側の代理人の発表によることも含めると、
新垣氏の発言のほとんどは佐村河内氏が認めていることから、
ほぼその一致をみている部分に関しては真実だといえることだろう。

多くのマスコミは佐村河内氏のこれからや障碍者疑惑、
そしてそれらに付随して今後起きるであろうドラマへの興味。
ネット人は佐村河内氏を賞賛した人々を見つけだし、
魔女狩りよろしく徹底的に叩き罵倒し責任追及をするだろう。


まあ自分も称賛したととられてもしかたない書き方だし、
少なくともある程度は評価していた人間なので、
その責は受けなければならないだろう。

ただひとつだけ言い訳をさせてもらえれば、
ほんとうはあと少し書くはずの事がじつはあったのだが、
あのとき自分は佐村河内氏が「身障者」であるということから、
そこのところを遠慮し控えてしまったのだ。

おそらく佐村河内氏はそういう動きなども計算に入れ、
それらを装っていたのかもしれないが
それを見破れなかった自分がそこはぬるかったというところだろう。


ところで今回の記者会見。
お気づきの方もいたかもしれないが、
じつはとても大事というか、
そこをはっきりさせないと今後もこういうことが後を絶たないという、
そういう事柄がじつは記者からまったく質問がでてこなかった。

それは「あなたのようなゴーストライターは他にもいるのですか」ということ。

つまり新垣氏がいとも簡単に受けてしまったこのことが、
この音楽界では比較的よく行われていることなのか、
それともここまでのそれは極めて特異なのか、
佐村河内氏のそれが特異すぎるとしたら、
どこまでは特異ではないのかということを、
じつは白日の下に晒す千載一遇の機会だったのだ。

だがこの件について誰も言わなかった。
佐村河内氏がまったく独自に編み出したことなのか、
それとも似たことは他にも大同小異で行われていたのか、
この件のきっかけともなった闇の部分がきれいにスルーされてしまったのだ。

これはじつに残念というか痛恨ともいうべきなのだが、
ここで酷い言い方をすれば、
こういうことはじつは当たり前というか必要悪みたいなもので、
音楽界だけでなくマスコミを含む他の分野でも、
じつに盛大に現在も行われているため誰もあえて触れなかった、
切ったものの自らもその刃先で致命的なキズを負いかねないという、
そういう部分が働いてのスルーだったのではないかと、
強く感じられたものだった。

そしてもうひとつ、
それはここにきていろいろとした発言がでていることに対して。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140209-00032494/

例えば上のコメント。

指揮者の大野さんは発言する。

「何万枚の売り上げといった今日的な文句も、その歴史を前にすると、あまりにも表層的なものに思えます。いにしえの人々の魂にじっと耳を傾けながら、今に生き、未来を展望するのが、音楽家の役目だとすると、今回の出来事は、その根元に水がいかなくなったような状態といえばいいのでしょうか。自ら招いたクラシックの死ですね。」

名言だし、これは自分も心にいいきかせなければならない発言だ。

だが

「あのくらいのオーケストレーションは、新垣さんが語っているように、まじめに作曲を勉強した人なら、誰でも書ける。ちょっと音をキラキラさせて、感傷的な部分を入れて…。これは、新垣さんが本当に書きたい音楽、彼自身の語法とはまったく別物でしょう。それに、多くの人がついていってしまった」

これはいけない。

というより、それならなぜもっと早く声を出してくれなかったのかと、
自分はこの発言に悔しさの方を強く感じる。

これを発信した江川紹子 さんはクラシックをよく聴くという。

ここまで言うならあなたはなぜ声をそのとき出さなかったのかと、
自分はその理由をまずとにかく聞いてみたい。
これではあまりにも後だしジャンケンのように見えてならないからだ。

大野さんは自分が大好きな指揮者の一人だし、
江川さんだってしっかりしたジャーナリストなのだろう。
それを思うと「何故」と思わせては、
正直それはダメなのではないかという気がする。
ぜひこのあたりのことも明確に発言してほしいものです。

とにかく自分にとって今回の事件は、
ゴーストライターというものに対する実態と、
いくつかの後だしジャンケン発言というものが、
佐村河内事件そのもの以外では、
今後にけっこういろんな意味ですっきりしないものを残すような気がする。

特に二つ目の後だしジャンケン的発言の多くは、
いろんな意味で音楽界に陰険な確執を生むような気がしてならない。
別に大野さんも江川さんも、
「今、佐村河内氏を叩けば俺は勝ち組、正義は我にある。」
と思っての発言ではもちろんないだろう。

ただそういうひじょうに安直な発言も間違いなくいろいろと存在しているので、
これらのものと一緒にされてしまうのは、
善意で発言した人たちの真意とはまたかけ離れている部分があるため、
これまたこちらが予想もしない波紋を起こすかもしれない危険性がある。

マスコミはこういう部分は絶対フォローしないので、
自分はこの件が残したこのことについてとても心配なものを感じている。

以前賞賛していた人間は当時感性も理性もなかった。
現在糾弾している人間は当時勇気も根性もなかった。
…という問題ではないんですよね。

多くの音楽関係者や愛好家がこの事件による二次遭難にあわないためにも、
そして私たちがこの事件にいつまでも翻弄され続けないためにも、
残されたものに対しての対処をしっかりとやっていってほしいと願う次第です。

そしてそのメカニズムの解明も含めて…。
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阿伊沢萬

本日、佐村河内氏からのコメントがありましたが、自分が考えていたことには何も影響もありませんでした。人間の弱さと同時に、怖さもとても感じる事件だったと今は強く感じています。enigumaさま、teftefさま、nice!ありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2014-02-12 13:47) 

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