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クレメンス・クラウスのハイドンのオラトリオ [クラシック百銘盤]

クレメンス・クラウス(1893-1954)というと、
今ではウインナワルツや、
リヒャルト・シュトラウスに定評のあった指揮者という、
その程度の知名度しかないような気がするけど、
これは1970年代の国内盤事情でもそんな変わりはなく、
同じ年に亡くなったフルトヴェングラーや、
ひとつ年下のカール・ベームに比べると、
知名度も人気も格段に日本では低かった。

そしてそれは今でもそんなに変わらないような気がする。

これは彼の遺された録音によるところも大きい。

彼の遺されたセッション録音の多くは、
1929年~1934年迄のウィーン国立歌劇場時代、
そして戦後1947年の非ナチ化裁判において無罪になり、
以降亡くなるまでの期間という、
それほど長いものではない。

しかもステレオ録音になる直前に亡くなられたことで、
さらにそれに拍車がかかってしまった。

ただそれを言えばフルトヴェングラーやトスカニーニと同じなのだが、
彼の遺したリヒャルト・シュトラウスのように、
大編成でステレオになると格段に魅力を発揮した作品が主流を占めたこと、
そして戦後ベートーヴェンやブラームスのWPOとの交響曲のセッション録音や、
得意としていたモーツァルトの交響曲やオペラがほとんど無かったことで、
この分野の欠落が特に日本ではかなり響いてしまったようだった。

もし彼があと十年長生きしてくれていたら、
デッカにWPOとステレオ録音でいろいろと遺してくれていたと思う。

その中には彼の十八番といわれたモーツァルトのオペラや、
ブラームスやベートーヴェンの交響曲も含まれていただろうし、
モーツァルトやシューベルトの交響曲の一部も収録されたかもしれない。

それを思うとなんとも残念でならない。

ただ近年彼のライブ録音がいろいろと登場したことで、
彼の再評価が高まっているのは嬉しい。

そんなことが起きる前の平成のはじめころだったと思うけど、
クラウスによるWPOとのハイドンの「四季」が発売されたという、
そんな話を当時初めて聞いた。

ただ当時はこの曲にあまり自分は深く関心を持っていなかったので、
あっさりこれをスルーしてしまった。

そしてだいぶ経ってから、
彼のこの「四季」と「天地創造」をまとめて購入した。

この二つは「四季」が1942年の6月4日頃。
「天地創造」が翌年3月28日に、
各々ウィーン楽友協会大ホールで収録された放送用録音で、
オケはともにWPO、合唱も国立歌劇場合唱団。

そして独唱者も、

トルーデ・アイッパーレ(S)
ユリウス・パツァーク(T)
ゲオルク・ハン(B)

と、両曲ともまったく同じメンバー。

このメンバーは1940年の、
クラウスがWPOを指揮したベートーヴェンの荘厳ミサでも。
三人揃って登場しており、
1944年の「マタイ」でもハンを除く二人が登場しているので、
三人ともクラウスのお気に入りだったのだろう。


クラウスはこの大戦下の時期
ベルリンフィルとフルトヴェングラーのそれに匹敵する程録音が多く、
しかもオペラをはじめとした大曲もかなり遺されている。

そこにはシューベルトの6番のミサもあるし、
「ボエーム」や「ばらの騎士」もバイエルンの歌劇場で、
「フィガロ」もザルツブルグ音楽祭のライブとして
やはりこの時期全曲遺されている。

ほんとうにこのころのクラウスは、
時代はあれだったけど本人は飛ぶ鳥を落とす勢いで、
フルトヴェングラーと対抗するほどのそれだったのかもしれない。

そんな時期にこのハイドンの二つのオラトリオは録音された。

録音は当時としてはなかなか良好で、
ホールの残響もかなり大きくとらえられている。

「天地創造」は演奏時間約一時間四十分。

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演奏はオケのせいもあるかもしれないし、
今のピリオド全盛のそれとはまったく住んでいる世界の違う、
あえて例えると劇場型のハイドンで、
宗教音楽という要素は二の次という感じになっている。

このやり方としては、
メンゲルベルクの「マタイ受難曲」の例があるにはあるが、
あちらはバッハでこちらはハイドン。

特に音楽の寸法とりの確かさや、
形の美しさ等の音楽の背後にあるものではなく、
音そのもので勝負してくる要素の強い音楽なだけに、
ある意味かなり大胆というか危険なやり方なのかもしれないけど、
ここまでやってしまうと、
その手法を認めた場合もう見事と称賛するしかない。

合唱が粗いので、
そのため素人が全力で歌っているような趣があるけど、
それが妙に思いの丈というか、
音楽にすべてを託した多くの人間の心からの群衆賛歌みたいな、
ちょっと「第九」のそれと似たようなものすら感じられて、
技術を超えた感動というか訴えこみを強く感じさせられる。

この曲はある意味ハイドンのそれまでの総決算みたいな曲で、
例えばヴァントやコッホの演奏がそれらを強く感じさせる、
ある意味楷書書きのような演奏だとしたら、
こちらはそれをかなり崩した草書書きのような演奏といえるかもしれない。

しかもかなり肉厚かつ濃厚ともいえる味わいもあるので、
ある意味ベートーヴェンの出現前夜ともいえる感じのする、
そんなハイドンとなっている。

正直聴く人の趣味嗜好でかなり評価は割れるだろうけど、
クラウスの凄さを感じさせる自分は名演だと思っている。


そしてこの前年に録音された「四季」。

こちらはもっと規格外だった。

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演奏時間は約2時間25分なので、
遅い方の部類に入るかもしれないが、
たしかにたっぷりとした歌い方だけど、
冒頭を除けば単純に遅いというかんじはそれほどしない。

ただそれ以上に曲の性格も手伝ったかもしれないが、
「天地創造」よりもかなり思い切った演奏になっている。

「四季」は初演時「天地創造」と比べ賛否が拮抗し、
ハイドン自身もストーリー部分を含めると、
「天地創造」より下の作品と思っていた節がある。

確かにこの作品、
他の作曲家のオラトリオに比べると、
宗教的な色合いが薄く、
神やそれに準ずるものがここでは出てこない。

そういう意味では一般民衆目線の、
世俗的オラトリオといっていいものなのかもしれないが、
それが一段ランクが低いとみられた要因かもしれない。

また制作過程で、
パトロンとして作曲家への援助を惜しまなかった、
この作品の台本を書いたスヴィーテン男爵との確執も、
いろいろと本人にはあったようで、
そのせいもあってかこの作品の完成以降、
ハイドンはまるで創作の泉が彼果てたかのように元気を失っていったという。

だがそれにもかかわらず、
この作品は「天地創造」よりもある意味大胆であり、
ハイドンとしては特異な作品になったような部分がある。

それは18世紀の音楽が貴族への仕事や献呈がメインだったのに対し。
19世紀が一般民衆へのそれが主軸になっていったように、
この曲はそれまでのハイドンと違い、
上でも述べたように曲想や目線が一般民衆レベルになったことで、
作品もまた一般民衆が演奏会で聴いても肩肘はらず楽しめるような、
そんな要素が今まで以上に横溢しているとろだ。

おそらくこれはハイドンの渡英での体験も、
大きく影響していると思う。

そこの部分をここでのクラウスはかなり大きく踏み込んでいる。

冒頭からまるで19世紀のオペラのような壮大な趣きで、
ベートーヴェンの世界を先取りしてしまった感すらあるが、
第三部の「秋」以降はさらにそれらが推し進められ、
第26曲 合唱「聞け、この大きなざわめき」では、
ほとんどウエーバーの「魔弾の射手」の世界のようだし、
第28曲 合唱「万歳、万歳、ぶどう酒だ」では
ついにはワーグナーの世界にまで足を踏み入れているかのようで、
作曲が進むにつれ、
ハイドンが半世紀先の音楽を見越していたのではないかと、
そしてそこまでさせてしまったことが要因で、
この後ハイドンが疲労困憊したのではないかと、
そう思わせるくらいクラウスは大胆に仕掛けている。

また相変わらず粗い合唱も、
ここでは民衆賛歌と考えればむしろ相応しいとさえ思えるほどで、
「天地創造」以上にクラウスが存分に腕をふるっているようにさえ感じられる。


今のピリオド系の演奏、
特に人数を刈り込んでの演奏が主流となっている現在では、
こんな演奏したら笑いものになってしまうかもしれないが、
ここまでやり尽くしてしまったら、
自分としてはもう素直に脱帽するしかない。


おそらくオペラ指揮者として非凡な才を持ち、
ワーグナーやRシュトラウスを得意としていたこの指揮者の、
その独特な視点が生んだ要因かもしれないけど、
それでも同じワーグナーやRシュトラウスを得意としていた、
カラヤンやショルティ、さらにはベームとも相当違う、
かなり個性的かつロマン派的なハイドンだ。


今や絶滅したタイプの演奏だけど、
このクラウスのハイドンのオラトリオは両曲そんな歴史の証言としても、
できれば顧みてほしい演奏です。

特に「四季」はハイドンという作曲家のイメージの再考を迫るほどのもの。

フルトヴェングラーの大戦中に録音された「英雄」や「第九」と並んで、
ぜひ後世にも語り伝えてほしい演奏です。

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阿伊沢萬

クレメンス・クラウス。もう少し日本での評価も高くなってほしいです。

soramoyou さま、nice! ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2019-09-03 00:27) 

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